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2018.06.19.08.44

らんぷのせい

アニメ番組『大魔王シャザーン (Shazzan)』 [ハンナ・バーベラ・プロダクション (Hanna-Barbera Productions, Inc.) 制作 1967CBS放映] のタイトル・ロール (Title Role) であるシャザーン (Shazzan) は、ランプの精 (Genie In Lamp) ではない。彼は、一対の指輪を合体させる事によって召喚されるのだ。謂わば、指輪の精 (Genie In Ring) と呼ぶべきモノであろう。

然し乍ら、指輪の精 (Genie In Ring) ではありながら、その立ち居振る舞いは、あたかも、『千夜一夜物語 (The Alif Laila Or Book Of The Thousand Nights And One Night)』の一篇『アラジンと魔法のランプ (Alaeddin And The Enchanted Lamp)』に登場するランプの精 (Genie In Lamp) であるかの様だ。
ある器物になんらかの行為を行う事によって、ヒトならぬ怪夷の存在を召喚し、その召喚した人物の使命を唯々諾々と怪夷が遂行するのである。召喚者と怪夷とは、器物を介在としたかりそめの契約による主従関係が成立しているのである。

それならば、何故に、シャザーン (Shazzan) はランプの精 (Genie In Lamp) ではなくて、指輪の精 (Genie In Ring) なのだろうか。
この問題は単純だ。彼を召喚する本来的な意味に於ける主人公がふたり、チャックとナンシー (Chuck And Nancy) と謂う一組の男女であるからである。個々の指輪を嵌めたそのふたりが同じ場所に存在しない限り、シャザーン (Shazzan) を召喚出来ない。そんな条件から物語が幾つも編みえるのである。
TV番組『ウルトラマンエース (Ultraman Ace)』 [19721973TBS系列放映] も、同じ様な設定であり、性別を考慮にいれなければTV番組『バロム・ワン (Chojin Barom One)』 [さいとう・たかを (Takao Saito) 原作 1972よみうりテレビ系列放映] も同様だ。もしかすると、後にいくつも登場する合体ロボット (Combined Robot) を主に吸えたアニメ番組すら、引き合いに出す事が可能なのかもしれない。

ところで、ランプの精 (Genie In Lamp) でもなく、指輪の精 (Genie In Ring) でもない、もうひとつの存在がある。
壺の精 (Genie In Jar) だ。
TV番組『かわいい魔女ジニー (I Dream Of Jeannie)』 [19651970NBC放映] や映画『バグダッドの盗賊 (The Thief Of Bagdad)』 [ルドウィッヒ・ベルガー (Ludwig Berger)、マイケル・パウエル (Michael Powell) 監督作品 1940年制作] に顕れるのがそれである。
彼等は決して、『アラジンと魔法のランプ (Alaeddin And The Enchanted Lamp)』を原典としているのではない。『千夜一夜物語 (The Alif Laila Or Book Of The Thousand Nights And One Night)』には壺の精 (Genie In Jar) が登場する物語があるのである。『漁師と鬼神との物語 (The Fisherman And The Jinni)』である。
だが、そのふたつの原典を読み比べれば解る様に、ランプの精 (Genie In Lamp) と壺の精 (Genie In Jar) は、似て非なるモノである。
前者が召喚者との主従契約の下に行動するのに対し、後者にはその様な拘束はない。逆に、召喚者は決して解いてはならない封印を解除してしまったが為に、自らの生命が危うくなるばかりなのだ。
つまり怪夷の視点からみれば、その人物は自身に自由を与えた人物であり、そして自らにさらなる自由を約束せんが為に、召喚者を殺さなければならないのだ。

かわいい魔女ジニー (I Dream Of Jeannie)』でも、同様だ。但し、封印を解かれたジニー (Jeannie) [演:バーバラ・イーデン (Barbara Eden)] は、せっかく得た自由を召喚者であるアンソニー・ネルソン少佐 (Major Anthony Nelson) [演:ラリー・ハグマン (Larry Hagman)] のために捧げようとするのである。ランプの精 (Genie In Lamp) との違いはそこだ。彼女の自由意思がそうさせるのであり、それ故に、召喚者との擬似恋愛の物語へと発展するのである。

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と、なると映画『バグダッドの盗賊 (The Thief Of Bagdad)』に登場する壺の精 (Genie In Jar) はどうなのだろうか。
実はこの映画、ぼくは未見なのだ。
但し、手持ちの資料や文献を読み漁る限りにおいて、彼は壺から召喚される存在であるのにも関わらず、その行動様式はランプの精 (Genie In Lamp) のそれに近い様なのだが?
そして、その初登場シーンはあたかも『かわいい魔女ジニー (I Dream Of Jeannie)』のそれとよく似ているのだが?

次回は「」。

附記 1.:
アラジンと魔法のランプ (Alaeddin And The Enchanted Lamp)』は後代になって『千夜一夜物語 (The Alif Laila Or Book Of The Thousand Nights And One Night)』に追加されたモノであって、実はその原典にはないのだ。
と、なると『漁師と鬼神との物語 (The Fisherman And The Jinni)』にある壺の精 (Genie In Jar) が先行して存在し、その影響下にあって『アラジンと魔法のランプ (Alaeddin And The Enchanted Lamp)』のランプの精 (Genie In Lamp) が誕生したのだろうか。ふたつの怪夷の、物語での役割を考えると、そんな可能性を否定できないのだが?

附記 2.:
映画『バグダッドの盗賊 (The Thief Of Bagdad)』とTV番組『かわいい魔女ジニー (I Dream Of Jeannie)』の末裔が、TVアニメ番組『ハクション大魔王 (The Genie Family)』 [19691970フジテレビ系列放映] に登場する親子、ハクション大魔王 (Hakushon) とアクビ (Akubi) と看做す事は容易だ。
その物語における召喚者カンちゃん (Kan-chan) に対する態度の差異はそのまま、映画『バグダッドの盗賊 (The Thief Of Bagdad)』 とTV番組『かわいい魔女ジニー (I Dream Of Jeannie)』それぞれに登場する壺の精 (Genie In Jar) の性格と行動様式をそのまま、もしくは過剰にデフォルメして継承している様に想える。
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