2017.08.08.09.19

りぶあんどれっとだい

と呼ばれる創作物はみっつある。
イアン・フレミング (Ian Fleming) の長編小説『007 死ぬのは奴らだ (Live And Let Die)』 [1954年発表] と、それを原作とする映画『007 死ぬのは奴らだ (007 Live And Let Die)』 [ガイ・ハミルトン (Guy Hamilton) 監督作品 1973年制作] と、その主題歌『007 死ぬのは奴らだ (Live And Let Die))』 [作詞作曲:ポール・マッカートニー (Paul McCartney)、リンダ・マッカートニー (Linda McCartney 1973年発表] である。
申し訳ない事に、発端である原作小説は未読なのだから、言及は出来ないのではあるが、そこから始まるふたつの創作物は、いずれも起死回生 (The Kiss Of Life) が主題である様に思える。
文字通りにそれらはふたつがふたつとも、「生きよ [Live]」そして「殺せ [Let Die]」と主張しているのだ。

と、綴ってしまうと変な誤解を与えるかもしれない。
ぼくがここで指摘したいのは、それぞれの作品にまつわる舞台裏、制作秘話めいた事だからだ。

映画『007 死ぬのは奴らだ (007 Live And Let Die)』 は、主人公ジジェームズ・ボンド (James Bond) をロジャー・ムーア (Roger Moore) が演じた第1作である。以降、彼は映画『007 美しき獲物たち (007 A View To A Kill)』 [ジョン・グレン (John Glen) 監督作品 1985年制作] まで7作品に於いて、主人公ジェームズ・ボンド (James Bond) を演じる事になる。本シリーズに於いて、この役を演じた俳優は、彼が最も多い。
逆に謂えば、ジェームズ・ボンド (James Bond) すなわちロジャー・ムーア (Roger Moore) と謂う言説が飛び交っても不思議ではないところなのだが、そおゆう言及は決して多くはない。殆どの場合、その栄冠は初代ジェームズ・ボンド (James Bond) であるショーン・コネリー (Sean Connery) に委ねられている。

ショーン・コネリー (Sean Connery) は映画『007は二度死ぬ (007 You Only Live Twice)』 [ルイス・ギルバート (Lewis Gilbert) 監督作品 1967年制作] をもってしてジェームズ・ボンド (James Bond) から降板し、2代目ジェームズ・ボンド (James Bond) には、ジョージ・レーゼンビー (George Lazenby) が選ばれる。そして彼を主役とする映画『女王陛下の007 (007 On Her Majesty's Secret Service)』 [ピーター・ハント (Peter R. Hunt) 監督作品 1969年制作] が制作される。その成果をもって、以降ジョージ・レーゼンビー (George Lazenby) がジェームズ・ボンド (James Bond) の看板を背負って立ってくれればなんにも問題はなかったのだが、物語はそう簡単には継承されない。
彼はその1作をもって降板し、次回作『007 ダイヤモンドは永遠に (007 Diamonds Are Forever)』 [ガイ・ハミルトン (Guy Hamilton) 監督作品 1971年制作] では急遽ショーン・コネリー (Sean Connery) が主役を演じる事になる。だがそれはあくまでも窮余の1策であって、彼が再びジェームズ・ボンド (James Bond) を演じる事は、その当時に於いてはあり得ない事だ。
ひとつには彼自身がジジェームズ・ボンド (James Bond) とは異なる役柄を望んでいる事、逆に謂えば自らのキャリアにジェームズ・ボンド (James Bond) だけが刻まれる事を回避したかった事。そしてもうひとつは、きっとこちらの方がおおきかったとは思うのだが、彼の年齢的な問題だ。当時、43歳。殺人許可証 (License To Kill) をもつ一級の諜報員 (Secret Agent Man) を演じるには歳をとりすぎているのだ。

と、謂う訳で白羽の矢が立ったのがロジャー・ムーア (Roger Moore) なのである。
主役交代劇は一度、ジョージ・レーゼンビー (George Lazenby) で頓挫している。
それにショーン・コネリー (Sean Connery) 降板の最もおおきな理由であった筈の年齢に関して謂えば、彼は当時46歳。初代ジェームズ・ボンド (James Bond) より3歳も高齢だ。
だから、本来ならば、華々しくも活気に満ちた制作現場の内心は、実は意外と緊張と萎縮のなかにあったのかもしれない。満身創痍 (Be Covered All Over With Wounds) と謂う語句もふと浮かぶ。

さて、そんな映画の主題歌を担当したのがポール・マッカートニー (Paul McCartney) である。彼は彼でもがき苦しんでいた。
ザ・ビートルズ (The Beatles) 解散以降、発表する作品のいずれも評価が低い。
本作品は自身のバンド、ウイングス (Wings) 名義で発表されたが、そのバンドの頂点を1976年の全米ツアーの記録であるアルバム『ウイングス・オーヴァー・アメリカ (Wings Over America)』 [1976年発表] に求めれば、その当時はあまりにも低い、低空飛行に甘んじていた時代だ。
今から思えば、その飛翔の機運をもたらしたのが、この楽曲と謂えなくもない。
つまり彼もその映画同様、一敗地にまみれていた (To Meet With Defeat) のだ。

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ピアノ演奏を基軸にしたゆったりとしたバラード調の楽曲かと思いきや急転直下にスリリングなオーケストレーションが鳴り響き、そして中間部はレゲエ調だ。ポール・マッカートニー (Paul McCartney) 自身のヴォーカリゼーションもおおきなレンジの間を行き来する。まるで、これまでの音楽的なキャリアを一斉にここで放出したかの様だが、この間、わずかに3分12秒。こんな楽曲構成は後に『バンド・オン・ザ・ラン (Band On The Run)』 [アルバム『バンド・オン・ザ・ラン (Band On The Run)』 [1973年発表] 収録]でより緻密なモノとして提出される [掲載画像はこちらから]。

楽曲のストリングス・アレンジメントはジョージ・マーティン (George Martin) が担当しており、ここでの彼の演出は極めて濃厚だ。この映画シリーズの音楽をこれまで担当してきたジョン・バリー (John Barry) の美味しいところ [ゴージャス (Gorgeous) にしてスリリング (Thrilling) なおかつエキゾチック (Exotic)] をすっかり自家薬籠中のモノ (Get Complete Control Over Something) としている。リスペクトであると同時に、あたらしいなにかを産み出そうとしているかの様だ。
映画音楽の主題歌、しかも大ヒットを幾つも産み出したシリーズ作品のひとつの、と謂う視点からみると、作曲者よりも編曲者の方におおきな評価を与えるべきなのかもしれない。

それと同様に、映画本編もショーン・コネリー (Sean Connery) 作品の承継と憧憬を遺しながらも、そうではないロジャー・ムーア (Roger Moore) による ジェームズ・ボンド (James Bond) を産み出そうとしている。
それをたった一言で表現すれば、ユーモアの所在、とでも謂えば良いのだろうか。ふたりのジェームズ・ボンド (James Bond) の間で、おそらくその質が、最もおおきな格差である様に、ぼくには思える。

そしてそれが、本作品以降の当シリーズの基調となっていく。

次回は「」。

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