2017.06.06.13.19

いーでぃ

彼女の事を知ったのは、今は亡き雑誌『季刊ウェイヴ (Wave)』 [19831993ペヨトル工房刊行] の第7号『ポップ・アメリカ (Pop America)』 [19865月25日発行] での事だ。
それまであらゆる場所やあらゆる方法で、アンディ・ウォーホル (Andy Warhol) の多岐に渡る活動とその結果として遺された数多くの作品群に接してきてはいたが、彼女を知るには遅きに失していたと謂うしかない。
彼がプロデュースしたアルバム『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ (The Velvet Underground And Nico)』 [1967年発表] を買った1976年から10年も後の事だ。

ここで彼女をアンディ・ウォーホル (Andy Warhol) の作品呼ばわりしたのは、赤塚不二夫 (Fujio Akatsuka) の葬儀の場でタモリ (Tamori) が自身の事を「私もあなたの数多くの作品の1つです (I Am Just One Of Your Many Works)」と語った顰に習ったのにすぎない。
創造主たる彼にも、被創造物である彼女にも、それぞれにその様な自覚がどこまであったのかは疑わしいからだ。
と、謂うのも『ポップ・アメリカ (Pop America)』に掲載されていた写真のひとつでは、まるで双子の兄妹の様に、アンディ・ウォーホル (Andy Warhol) とイーディ・セジウィック (Edie Sedgwick) が寄り添って笑顔をみせていたのである。

その後しばらくしてぼくは『イーディ - 60年代のヒロイン (Edie An American Biography)』 [著:ジーン・スタイン (Jean Stein)、ジョージ・プリンプトン (George Plimpton) 訳:青山南 (Minami Aoyama)、堤雅久 (Masahisa Tsutsumi)、中俣真知子 (Machiko Nakamata)、古屋美登里 (Midori Furuya) 原著1982年 邦訳1989年刊行] を入手した。
もしかすると、こちらの方が『ポップ・アメリカ (Pop America)』よりも先だったかもしれない。
と、なるとここまで綴ってきた論旨は一挙に破綻を来たす事になるが、仮令、そうなっても一向に構わない。
と、謂うのは『イーディ - 60年代のヒロイン (Edie An American Biography)』 には、客観的に判断できると謂う意味での、真実も事実も一切に書かれていないのだから。

そこに書かれているのは、彼女をめぐる証言の数々であって、その証言の一切はそれを語る個人の主観だけに基づいている。そこで語られる幾つもの物語が、検証されたり保証されたり担保されたりする事もない。

勿論、彼女をめぐる事件やある挿話が複数の証言によって描き出される事になからその場合、ある証言が他の証言を検証し保証し担保する事にはなり得る。だが実際は、寧ろ読者をその実像から遠ざけてしまう場合の方が殆どだ。
そう、まるで小説『モルグ街の殺人 (The Murders In The Rue Morgue)』 [作:エドガー・アラン・ポー (Edgar Allan Poe) 1841年発表] に於いて、そこで起きた殺人事件を巡る幾つもの異なった証言が存在する事によって、犯人の実像に迫る焦点が得難くなってしまったかの様に。

しかもそれだけであるばかりか、著者であるジーン・スタイン (Jean Stein) とジョージ・プリンプトン (George Plimpton) は一切、ここには姿を顕さない。250名もの人物によるイーディ・セジウィック (Edie Sedgwick) を語るその語り口があるだけなのだ。
つまり、小説『モルグ街の殺人 (The Murders In The Rue Morgue)』に於いては、C・オーギュスト・デュパン (C. Auguste Dupin) と謂う名探偵の介在によって読者は事件の真実を知る事になるが、その本には名探偵ははなっから存在しないのである。

それはまるで、ジグソー・パズル (Jigsaw Puzzle) の様なモノで、何千何万もあるピースのひとつひとつが、ある女性について語っているのだ。だから、この何千何万もあるピースを全部繋ぎ合わせるとイーディ・セジウィック (Edie Sedgwick) の全貌が出来するだろうと誰もが考える。
さて、ぼく達は真実へと到達出来るのであろうか。

証言は、ジョン・P・マーカンド・ジュニア (John P. Marquand Jr.) に始まりジョン・アンソニー・ウォーカー (John Anthony Walker) に終わる。
ジョン・P・マーカンド・ジュニア (John P. Marquand Jr.) は、セジウィック家一族 (The Sedgwick Family) の墓地セジウィック・パイ (Sedgwick Pie) について語り、ジョン・アンソニー・ウォーカー (John Anthony Walker) はイーディ・セジウィック (Edie Sedgwick) の葬儀について語る。
なんだかこの本は、大きな墓碑銘 (Epitaph) であるかの様なのだ。

この本が発表されたのは、1982年で、その邦訳が発表されたのは1989年だ。
イーディ・セジウィック (Edie Sedgwick) について最も多くを語るべき存在であるアンディ・ウォーホル (Andy Warhol) はこの中に何度も登場し、そして貴重な証言を遺しているが1987年に亡くなっている。

この駄文を連ねるにあたって久しぶりにこの本を引っ張り出したら、死んでいるのは彼ばかりではない。
ニコ (Nico) もトルーマン・カポーティ (Truman Capote) もアレン・ギンズバーグ (Allen Ginsberg) も死んだ。
パティ・スミス (Patti Smith) やジャスパー・ジョーンズ (Jasper Johns) は生きている。
著者のジョージ・プリンプトン (George Plimpton) は2003年に亡くなっていて、ジーン・スタイン (Jean Stein) の訃報が飛び込んできたのはつい先日、4月30日の事だ。

訳者のひとりである青山南 (Minami Aoyama) は『訳者あとがき』に於いて、この本の原題を「あるアメリカの伝記 (An American Biography)」と敢えて訳し、そこから論を起こしている。
「あるアメリカ人の伝記 (An American Biography)」ではなくて、だ。
きっとそうする方が、イーディ・セジウィック (Edie Sedgwick) を知らない読者達にも普遍的なモノを提示できるとでも考えたのだろう。

でも、ぼくにはもっと別の訳の方が相応しいと思う。

その訳が適訳となるにはまだまだ時間がかかる。この本で証言したあらゆる人物が鬼籍にはいったその時、きっとこのジグソー・パズル (Jigsaw Puzzle) が完成するのだ。
そして、その際にぼく達は一体、どんな映像を目の当たりにするのだろうか。

images
その本の口絵写真として巻頭に掲載されていたのが上の写真だ [画像はこちらから]。

次回も「」。

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