2017.04.25.12.40

ちだるま

血液を意味する英単語"Blood"の形容詞形、"Bloody"の意味は、"ちだらけ"・"ちまみれ"・"ちみどろ"・"ちだるま" ...等だ。勿論、他にも幾つもある筈だが、咄嗟に浮かんだのは上の4語だ。

この4語は類語であるから、意味するところは殆ど変わりがない筈だ。だけれども、単純に1語1語を抽出してみくらべると、ふと疑問が湧いてしまう。

"ちだらけ"は解る。
漢字を充てれば"血だらけ"だ。そこに疑念の存在する位置はあまりない。

では、"ちまみれ"はどうか。
先と同様に漢字を充てると"血塗れ"だ。みための印象では、柔肌にべっとりと鮮血が付着している映像が思わず、浮かぶ。ザ・ローリング・ストーンズ (The Rolling Stones) の『黒くぬれ! (Paint It, Black)』 [アルバム『ビッグ・ヒッツ [ハイ・タイド・アンド・グリーン・グラス[ (Big Hits [High Tide and Green Grass])』収録 1966年発表] ならぬ『血をぬれ (Paint It, Blood)』だ。
個人的には、"まみれる"と謂う語句に"塗れる"と謂う漢字が充てられるのは奇異な印象が拭えないが、拭っても拭きれない血が付着しているのだろう、と無理矢理納得してみる。

それでは"ちみどろ"はどうか。PCの自動変換に任せると"血みどろ"と出る。だが、この"みどろ"が解らない。

マンガ『ガクエン退屈男 (Gakuen Taikutu Otoko : The Man bored At The HIgh-School)』 [作:永井豪 (Go Nagi) 1970週刊ぼくらマガジン連載] の登場人物である三泥虎の助 (Toranosuke Midoro) や、映画『吸血鬼ゴケミドロ (Goke, Body Snatcher From Hell)』 [佐藤肇 (Hajime Sato) 監督作品 1968年制作] のタイトル・ロールである寺岡博文 (Hirofumi Teraoka The Hijacker) [演:高英男 (Hideo Ko)] がよぎる。そう謂えば、TV番組『宇宙猿人ゴリ (Space Apeman Gori)』 [1971フジテレビ系列放映] に登場したのは囮怪獣ミドロン (Remote Control Monster Midoron) だ。
寺岡博文 (Hirofumi Teraoka The Hijacker) を支配したゴケミドロ (Goke) とタイトル・ロールである宇宙猿人ゴリ (Space Apeman Gori) [演:小林清志 (Kiyoshi Kobayashi)] の支配下にある囮怪獣ミドロン (Remote Control Monster Midoron) にはなんとなく共通解がある様に思えるし、物語の設定に従えば三泥虎の助 (Toranosuke Midoro) もそこになにがしか通底するモノがある様にも思える。
それが"みどろ"の正体なのだろうか。

一方で、PCの予測変換で登場する箕土路 (Midoro) や海土路 (Midoro) は地名であって、何故そんな名称なのか、どんな由来があるのかは、丁寧に調べないと解らない。
そしてそんな"みどろ"を名乗る地名のひとつに、深泥池 (Midorogaike, MIzorogaike) があって、そこは説経節 (Sekkyo-bushi) 『小栗判官 (Oguri Hangan)』に大蛇が棲むと語られているところであって、しかも現代では ... と謂うところまで辿り着くと、"みどろ"と謂う語句が途端に得体の知れないモノに思えてくる。
想い描いている"みどろ"の正体に刻一刻と近づいている様にも思えてくる。

だが実際は、"ちみどろ"の漢字表記は"血塗ろ"なのだ。それに従えば、先の"ちまみれ"と同様の印象に横着する。
妙な落ちだが仕方がない。

最期に遺った"ちだるま"はどうか。
何も考えずに漢字を充てると"血達磨"だ。

何だか、見世物にある大鼬 (BIg Weasel At Sideshow) を想像してしまう。呼び込みの口上にある6尺の大鼬 (BIg Weasel) に誘われてなかにはいれば、みるからに偽物のまっかな血糊がついた、長さ2mたらずの板がある、あれだ。
無粋ながら解説すれば「大 (BIg Weasel)」を「大きい板の血 (Blood On The Big Board)」と変換させた結果だ。

それとおなじ匂いを"血達磨"に感じてしまう。
見世物小屋の薄暗い中にぽつねんと赤い達磨 (Daruma Doll) がひとつ、置かれている ...。

逆の意味でなんだか怖いが、気になるのは、その赤い達磨 (Daruma Doll) のふたつのまなこは一体、どうなっているのだろうと謂う事だ。
白眼なのか、黒々と墨で塗られているのか、それとも、まっかなひとみなのか。
ここで浮かんだ「まっかなひとみ」になんらかの意味があるのかと考えてみても、実はなにも浮かばない。
赤い文字で綴られた手紙は、別れのしるしだ。そこからの連想なのだろうか。

達磨 (Daruma Doll) が赤いのは、幾つかの説があってそれはここで紹介されている。だから、何故、本来的に赤い達磨 (Daruma Doll) に屋上屋を架すかの様に、鮮血を重ねるのだろうと考えていくと、そこで思考停止だ。
別の事を考えよう。

単純に、達磨 (Daruma Doll) は手も足もない、つまり、手も足も出ない、即ち身動きがとれないとか処すべき手段がなにもないとか、そんな意味ぢゃないだろうか。そしてそんな状況を招いたのが全身をあかく染める鮮血だとしたら。
大量に出血した結果、もう身動きも出来ない。瀕死の絶命だ。そんな意図が"血達磨"に課せられているのではないだろうか。

と、謂う事は逆に、返り血 (Spurt Of Blood) ではない、と謂う事だな。

つまり、映画『キャリー (Carrie)』 [ブライアン・デ・パルマ (Brian De Palma) 監督作品 原作:スティーヴン・キング (Stephen King) 1976年制作] のクライマックスにおけるヒロイン、キャリー (Carrie) [演:シシー・スペイセク (Sissy Spacek)]は全身、豚の血を浴びてまっかに染まってしまうが、それを"ちだらけ"とか"ちまみれ"とか"ちみどろ"と顕す事は出来ても、決して"ちだるま"と表現してはいけないのだ。

images
上掲はマンガ『デビルマン (Devilman)』 [作:永井豪 (Go Nagi) 19721973週刊少年マガジン連載] より、牧村亜樹子 (Akiko Makimura) 絶命の図。
修羅場を幾つもかいくぐってきた不動明 (Akira Fudo) =デビルマン (Devilman) でさえも怯ませた、凄惨なシーンだ [画像はこちらから]。

次回は「」。

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