2017.03.28.13.11

だずひゅーもあびろんぐいんみゅーじっく

音楽 (Music) にユーモア (Humor) はあるのか否か、もしくは、音楽 (Music) にユーモア (Humor) は必要なのか否か、さもなければ、音楽 (Music) にユーモア (Humor) を求めるのか否か。
提議されている疑問そのものをどう理解するのか、それによって微妙にそれに対する回答は微妙に変化するのだろうが、要求されているのは単純な話、必要なのは諾 (Yes) か否 (No) のふたつにひとつ、二者択一 (Two Alternatives) の意思表示だ。
勿論、この場合、"音楽 (Music)"とは何か、"ユーモア (Humor)"とは何か、その理解と解釈の差異によって、提出すべき回答は多義に変化するだろう。そして質問者が知りたいのは、二者択一 (Two Alternatives) の結果のいずれかの意思表示ではなくて、その前提であるふたつの語句の理解と解釈なのだ。
そして勿論、その結果、回答者の人物像や人生観と謂った様々なモノを推し量る事は可能なのだが、それは必ずしも、この疑問唯一が成し得るモノではない。単純な設問であればあるだけ、出てきた回答に関する説明を回答者に上手に丁寧に要求すれば、どんな設問であろうとも、それらを誘導する事は恐らく可能だ。

音楽 (Music) にユーモア (Humor) はあるのか否か、もしくは、音楽 (Music) にユーモア (Humor) は必要なのか否か、さもなければ、音楽 (Music) にユーモア (Humor) を求めるのか否か。
その疑問に対する解答の、ふたつにひとつの選択肢のいずれかを選ぶ事はそんなに難しい事ではないと思われる。ふたつにひとつの選択肢の他に、"3. どちらともいえない (No Strong Opinion)"があったとしたら、慎重で懐疑的な回答者ならば、それを選んでしまうのかもしれない。だから、少なくとも、ここでは第3の選択肢は置かないでおこう。"1. はい (Yes)"と"2. いいえ (No)"。ここにあるのはそれだけだ。
さて、あなたならば、どうする?

ここから先は推測の域を出ないのだが、と謂うのは実際にこの疑問文を提議した経験がないからではあるが、回答者の殆どは、自身の回答に絶対の自信を誇り、もう一方の回答を許容出来ないばかりか、そちらを選んだ人物をも許容出来かねる様な気がしてならない。
映画『アマデウス (Amadeus)』 [ミロス・フォアマン (Milos Forman) 監督作品 1984年制作] のふたりの登場人物、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト (Wolfgang Amadeus Mozart) [演:トム・ハルス (Tom Hulce)] とアントニオ・サリエリ (Antonio Salieri) [演:F・マーリー・エイブラハム (F. Murray Abraham)] は、その極端な例だ。どちらがどちらの回答をするのかは考えるまでもない。その映画での人物設定に基づくのならば、後者は前者のとった行動を、否定はしながらもその結果、自身の選択への自信が揺れてしまう訳だが、ではその逆はあり得ないのかと謂うと、ぼくは口ごもらずを得ない。何故ならば、その映画では一方から他方への視点だけで、物語が語られているからだ。もしも仮に、映画『サリエル (Antonio Salieri)』と謂う作品があれば、そこでヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト (Wolfgang Amadeus Mozart) からアントニオ・サリエリ (Antonio Salieri) への偏愛を語る事が出来るかもしれない。

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綴っている文章がどんどんと本題から外れていってしまうのだが、それもこれも、本記事の件名である『ダズ・ヒューモア・ビロング・イン・ミュージック? (Does Humor Belong in Music?)』 [1986年発表] がフランク・ザッパ (Frank Zappa) の作品名であるからなのだ。
この作品が発表された当時のジャケット・デザイン [後にカル・シュンケル (Cal Schenkel) のデザインしたモノに差し替えられてもいる] がそんな妄想を次から次へと誘導させる。
アルバムの上半分以上を占めて、その疑問文が大きく提示されていてその下に、本作品の主人公、マイクを手にしたフランク・ザッパ (Frank Zappa) がとても微妙な表情を醸し出している。
もしも仮に、そこに自信満々の彼の表情が提示されていたのならば、作品名に対する回答が本作品となってぼく達はただそれを受容すればいい筈なのだ。でも、そうなる事が彼の表情によって回避させられている。彼は自らが提示する疑問文に対して、ここでは明確な回答を提出出来ないのであろうか。ぼく達に向けた彼からの大いなる疑問なのだろうか。

この作品は1984年のコンサート・ツアー時に収録された音源を許に構成された作品で、同名の映像作品『ダズ・ヒューモア・ビロング・イン・ミュージック? (Does Humor Belong in Music?)』 [1985年発表] も存在する。当時の最新の音楽メディアであるCDと謂うフォーマットを意識した作品で、LPでの発売はない。ぢゃあ、発売当初、フランク・ザッパ (Frank Zappa) の音楽を思う存分堪能出来る作品と謂う評価があったのだろうか。
幾つも幾つも再発売される彼の過去の作品と同時季に遭遇した結果なのだろうか、ぼく個人としては、他の名作群と比較すると収録時間のコンパクトさで逆に物足りなくて仕方がなかった。何故ならば、それらの作品の幾つかはLP2枚組と謂う大作だったからだ。LPと謂う音楽メディアに収まりきれなかった作品群と謂っても良い。だから単純に考えれば、本作品はCD2枚組くらいのヴォリュームが望まれるべきだったのかもしれない。
だからぼくの中では、音源盤と映像盤、ふたつでひとつの作品と捉えられている。

さて、ここでこの作品名の意味を考えてみる。
この作品の前作が『ミーツ・ザ・マザーズ・オブ・プリヴェンション (Frank Zappa Meets The Mothers Of Prevention)』 [1985年発表] だ。この作品では、フランク・ザッパ (Frank Zappa) が出席した米上院委員会 (United States Senate Committees) の公聴会 (Congressional Hearing) に出席した際の会話が編集された楽曲『ポルノ・ウォーズ (Porn Wars)』が収録されている。
但し、収録されていると綴ってはみたものの、それは米国内盤に限った事であって、欧州で発売された同名の作品『ミーツ・ザ・マザーズ・オブ・プリヴェンション (Frank Zappa Meets The Mothers Of Prevention)』 [1985年発表] には、この曲が外されて新曲3曲、『アイ・ドント・イーヴン・ケア (I Don't Even Care)』『ワン・マン・ワン・ヴォート (One Man, One Vote)』そして『エイチ・アール・2911 (H.R. 2911)』が収録されている。
つまり、『ポルノ・ウォーズ (Porn Wars)』と謂う楽曲は米国民だけに向けて制作されて、米国民だけが聴けば事足りると謂う認識がフランク・ザッパ (Frank Zappa) にあったのだ。
ぼく個人としては、この曲の存在が、そしてこの曲が制作されざるを得ない米国の音楽を廻る環境が、『ダズ・ヒューモア・ビロング・イン・ミュージック? (Does Humor Belong in Music?)』と謂う疑問文を、自己の作品名に掲げさせる要因のひとつではなかったろうか、と考えている。

次回は「」。

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