2017.03.21.10.02

やせいのくまはくまどうしでいるのがすきだ

ピーテル・ブリューゲル (Pieter Bruegel de Oude) の絵画作品に、『ネーデルランドの諺 (Nederlandse Spreekwoorden)』がある。1559年に描かれ、現在はベルリン絵画館 (Berliner Gemaldegalerie) に収蔵されている。
その作品には、描かれた当時に流布していた諺 (Proverbium) が幾つも描かれ、その総数は100以上もあると謂う。

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その作品の右端には陽光に照らされた入江が描かれていて、そこから下方へと視線を移すと2匹の (Ursidae) が前肢と前肢を繋いで立っている。
それが本稿の題名である『野生の熊は熊同士でいるのが好きだ (Wilde beeren, die zijn by den ander gheeren)』と謂う諺 (Proverbium) なのである。

この諺 (Proverbium)、ウィキペディア日本語版 (Japanese Wikipedia)この頁では、『野生の熊は同類と共にいるのを好む (Wilde beren vertoeven graag bij soortgenoten)』 [同頁での分類62番参照の事] とされ、サルヴァスタイル美術館 (Salvastyle Museum) のこの頁では、『野生の熊は仲が良い (Wild Bears Get On Very Well)』 [同頁での分類79番参照の事] とされている。

本稿の題名でもある『野生の熊は熊同士でいるのが好きだ (Wilde beeren, die zijn by den ander gheeren)』は、森洋子 (Yoko Mori) 著『ネーデルランドの諺〜民衆文化を語る (Nederlandse Spreekwoorden)』 [1992年 白鳳社刊行] によった。
この書物からぼくは、この諺 (Proverbium) を学んだのだ。

さて、ここで、ひとつの絵画作品に描かれているひとつの図象から導き出されたある諺 (proverbium) から、みっつの翻訳が入手された事になる。そのみっつの翻訳はそれぞれよく似ている様でもあり、微妙に異なる様でもある。そして、その結果、そのみっつの翻訳から導き出される当該の諺 (Proverbium) の解釈も、微妙に違う。
その差異は、それぞれで当たってもらうべきだろう。
と、謂うのは、諺 (Proverbium) の解釈そのものをここで議論したいのでは、ないからだ。

描かれた作品をみてみると、その諺 (Proverbium) の主題である2匹の (Ursidae) は、それぞれが後ろ向きに、つまり、背中あわせに立っている。この立ち位置の意味が、よく解らない。
「好む」とか「仲が良い」とか「好きだ」と謂う形容を導き出し得る表現なのだろうか、さもなければ、「好む」とか「仲が良い」とか「好きだ」と謂う状況を描くのに相応しい描写なのだろうか、と謂う事なのである。

森洋子 (Yoko Mori) のその書物には、その諺 (Proverbium) の解釈としてふたつの (Ursidae) の図版が掲載されているが、いずれも背中合わせではない。それどころか、そのふたつのうちのひとつは、それとは真逆、向かい合って掌に掌をとってさえいるのである。
そして、背中わせである事の意味に関しては、その書物では言及されていない。

もしかすると、この諺 (Proverbium) とは別に、もうひとつの異なる諺 (Proverbium) をも描かれているのであろうか。
例えば、ウィキペディア日本語版 (Japanese Wikipedia)当該頁にある62番では同じ図象から、『熊の踊りを見る (De beren zien dansen)』と謂う諺 (Proverbium) の存在が指摘されているのだ。
だが残念ながら、他のふたつには、その諺 (Proverbium) に関する言及はないのである。

背中合わせに立つふたりの人物達と謂う構図からぼくが思い描き得るのは、決闘 (Duel) シーンだ。
立会人の指示の下、相対立するふたりが背中合わせに立つ。そして、立会人の数える数字に合わせてそれぞれが1歩、また1歩と前進する。結果、背中わせのふたりは徐々にそれぞれから遠ざかる。さらに数歩が歩まれた後、事前に決められていた立会人の合図と同時に、ふたりはそこで雌雄を決する。西部劇 (Western) 等で、御馴染みのシーンである。

それを思い描けば、背中合わせと謂う構図から「好む」とか「仲が良い」とか「好きだ」と謂う形容を表出させるのは至難の技だ。
むしろ全くもって、真反対の意味ばかりが抽出されてしまう。

ところで、ぼくの手許には、お互いに好意をもつふたりの人物達が背中合わせとなっている図版がひとつだけある。

辛島宣夫 (Yoshio Karashima) 著の『タロット占いの秘密 (The Secrets Of Tarot Cards)』 [1974二見書房刊行] の"付録"である『新釈エジプト風タロットカード (New Interpretation Egyptian Tarot Cards)』の1枚、大アルカナ・カード (Major Arcana) の第6のカード『恋人 (The Lovers)』だ。そこでは恋人 (Lovers) として描かれた1組の男女が背中合わせに立っているのだ。
そしてそのカードの解釈頁には、こう綴られている。
「多感な若者たちの姿を借りて、実は二者択一の問題をそれとなく暗喩しているからなのでしょう」

さて、ここで色めきたいのは山々ではあるが、この『新釈エジプト風タロットカード (New Interpretation Egyptian Tarot Cards)』は総て、アーサー・エドワード・ウェイト (Arthur Edward Waite) の『ライダー版タロットカード (Rider Waite Tarot)』 [画:パメラ・コールマン・スミス (Pamela Colman Smith) 1909年発売] に準拠しながらも、著者自身の新たな解釈に基づいて描かれているのだ。
他のタロットカード (Tarot Cards) のどれにも、その様な『恋人 (The Lovers)』はない。
少なくとも、ライダー版タロットカード (Rider Waite Tarot) の系譜上にあるどのカードにも、互いに向かい合う男女が描かれているのだ。

ライダー版タロットカード (Rider Waite Tarot)』 とは異なる潮流である、マルセイユ版タロットカード (Tarot de Marseille) での『恋人 (L'amoureux)』では、3人の人物が描かれていて、中央に立つ人物が、自身の右と左に立つそれぞれのふたりの人物達の間で煩悶している様相となっている。『タロット占いの秘密 (The Secrets Of Tarot Cards)』で指摘されている「二者択一の問題 (A Choice Between Alternatives)」は、こちらの図象の方が明確である様に思われる。

だから逆に謂えば、その著者は一体、どこから背中合わせの恋人達 (Lovers) のイメージを汲み取ったのだろうかと謂う疑問に横着してしまう。
まさか、ピーテル・ブリューゲル (Pieter Bruegel de Oude) の『ネーデルランドの諺 (Nederlandse Spreekwoorden)』ではないだろうが。

次回は「」。
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