2017.02.28.09.34

こよーて

映画『ラスト・ワルツ (The Last Waltz)』 [マーティン・スコセッシ (Martin Scorsese) 監督作品 1978年制作] では、ザ・バンド (The Band) の面々へのインタヴューを経た後に登場する。その聴き手は画面上には現れないが、監督であるマーティン・スコセッシ (Martin Scorsese) 自身がインタヴューしている。
語られるのは、彼らの共同生活、ビッグ・ピンク (Big Pink) と呼ばれる一軒家での修行時代の話だ。
男5人の暮らし、演る事は音楽だけ、考えるだけでもむさくるしい。西部開拓時代 (American Old West) からそのまんま抜け出したかの様な、5人の風貌を思い浮かべるとさらにそれが増長する。いや、寧ろ、5人の風貌から西部開拓時代 (American Old West) へと想像の域が広がるのだろうか。
そして、リヴォン・ヘルム (Levon Helm) の下卑た、でも絶対にこういう場では誰かが謂わなければならない台詞を吐く [その発言がないと別種の疑念も生じちゃうからね]。
そしてその台詞に促される様にして、『ラスト・ワルツ (The Last Waltz)』の会場、197611月25日ウィンターランド・ボールルーム (Winterland Ballroom) へと映像が切り替わるのだ。

その夜、ゲストとして登場したジョニ・ミッチェル (Joni Mitchell) は、自身の楽曲『コヨーテ (Coyote)』を演奏する。その佇まいはまるで、先程のリヴォン・ヘルム (Levon Helm) の台詞をそのまま裏付ける様にみえる。会場が一気に、ビッグ・ピンク (Big Pink) での共同生活の場であるかの様にもみえる。
彼女のアーシーなコスチュームもそれを補完しているかの様だ。
解散コンサートに相応しい、かつての彼等とかつての彼女をありのままに再現している様にみえる。

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しかし、そうではない。
ここで演奏されている楽曲『コヨーテ (Coyote)』は、彼等が音楽シーンに登場したばかりの頃の楽曲ではない。1976年11月に発表されたジョニ・ミッチェル (Joni Mitchell) のアルバム『逃避行 (Hejira)』に収録された新曲だ。会場に集うザ・バンド (The Band) のファン達にとっては初めて聴く楽曲であるのかもしれない。

そのステージで演奏される『コヨーテ (Coyote)』は、アルバム『逃避行 (Hejira)』に収録されている『コヨーテ (Coyote)』とは全く違うアレンジだ。アルバム版では、ジャコ・パストリアス (Jaco Pastorius) の演奏がフィーチャーされている。
その作品で試みられたジャズ (Jazz) 〜フュージョン (Fusion) 系のアーティスト達とのコラボレーションは、後に続く彼女の作品群の最初の企みともみられる。
つまり、当時の彼女の作品構想の中には、旧友達であるザ・バンド (The Band) による演奏は埒外にあったのだ。

そうすると、何故、彼女がその楽曲をそこで披露したのかと、訝しんでもみたくなる。
通常のコンサートであれば、ゲストとして招かれたその場で、自身の新曲を演奏するのはそう、不思議ではない。だけれども、解散コンサートと謂う特殊な企画趣旨の下では、誰もが知っている自身の代表曲、さもなければ、当該の主賓アーティストに関わりが深い楽曲を演奏するのが、一般的なモノではないか。
逆に謂えば、その場で『コヨーテ (Coyote)』と謂う新曲を演奏するのは、解散するバンドに対しても、そこに集った観客に対しても、断絶を明示する様なモノとも思える。

コヨーテ (Coyote)』と謂う楽曲は、出自も境遇も違う男性と恋して、その男と逃亡を謀る歌だ。産まれも育ちも違う、それ故に、その男に魅了されていたのかもしれないが、それが結局、自身の足枷となっている。その疎外感がその曲の主題だ。

5人のメンバー自身が深く考えれば、その曲は解散する事となった彼ら自身の内面を歌ったモノと聴こえるかもしれない。そこに執着してみれば、その場で演奏している彼等へのメッセージとしてその曲は充分に機能している [ただ、実際にその曲を演奏する側として考えてみれば、とてもいたたまれない様な気分になってしまいそうなのだが]。

敢えて謂えば、同じ様なスタート地点から出発した、ジョニ・ミッチェル (Joni Mitchell) とザ・バンド (The Band) の、その後の音楽的なキャリアと方向性の違いを揶揄している様にもみえる。

歌詞の一節にこうある。
「フリー・ウェイの車線上にある囚人 (A Prisoner Of The White Lines On The Freeway)」と。
フリー・ウェイ (Freeway) の中に紛れ込んでいる自由 (Free) と謂う語句が囚人 (Prisoner) と謂う語句と呼応しているのだ。
敢えて誤読すれば自由と謂う名の監獄とでもなるのだろうか。

ラスト・ワルツ (The Last Waltz)』と謂う趣旨の下で、自身の新曲をこんな編曲で披露しなければならない、彼女が感じたかもしれない息苦しさを象徴している様にも聴こえるのだ。

次回は「」。

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