2017.01.17.11.47

うらまど

ここでも綴った様に、グレース・ケリー (Grace Kelly) が出演したアルフレッド・ヒッチコック (Alfred Hitchcock) 監督作品はみっつある。
映画『ダイヤルMを廻せ! (Dial M For Murder)』 [1954年制作] と映画『裏窓 (Rear Window)』 [1954年制作] と映画『泥棒成金 (To Catch A Thief)』 [1954年制作] だ。

彼女にとってのアルフレッド・ヒッチコック (Alfred Hitchcock) 作品第1作である映画『ダイヤルMを廻せ! (Dial M For Murder)』は、その監督一連の作品群の中での常套的なドラマツルギー (Dramaturgy) によっている。作品に於けるヒロインがひたすら恐怖の時を過ごすのだ。
例えば、映画『疑惑の影 (Shadow Of A Doubt)』 [1943年制作] でのチャーリー・ニュートン (Charlotte "Charlie" Newton) [演:テレサ・ライト (Teresa Wright)]、映画『サイコ (Psycho)』 [1960年制作] でのマリオン・クレイン (Marion Crane) [演:ジャネット・リー (Janet Leigh)]、映画『 (The Birds)』 [1963年制作] でのメラニー・ダニエルズ (Melanie Daniels) [演:ティッピ・ヘドレン (Tippi Hedren)]。
そんな彼女達と同等に、映画『ダイヤルMを廻せ! (Dial M For Murder)』 でのグレース・ケリー (Grace Kelly) 演じるマーゴット・メアリー・ウェンディス (Margot Mary Wendice) もまたおのれの命を狙われる。しかも狙われるばかりか逆に、正当防衛 (Right Of Self-defense) とは謂え、殺人事件 (Murder Case) の加害者 (Murderer) にもなってしまう。その後味の悪さを考慮すれば、単純に惨殺されてしまったマリオン・クレイン (Marion Crane) [演:ジャネット・リー (Janet Leigh)] の方がまだしあわせなのかもしれない。

一方、映画『泥棒成金 (To Catch A Thief)』 はアルフレッド・ヒッチコック (Alfred Hitchcock) 作品の箍を外したその向こうに幾つも派生作品や類似のドラマツルギー (Dramaturgy) によった作品群をみいだす事が出来る。
映画『ピンクの豹 (The Pink Panther)』 [ブレイク・エドワーズ (Blake Edwards) 監督作品 1963年制作] や映画『黄金の七人 (Sette uomini d'oro)』 [マルコ・ヴィカリオ (Marco Vicario) 監督作品 1965年制作] や映画『おしゃれ泥棒 (How To Steal A Million)』 [ウィリアム・ワイラー (William Wyler) 監督作品 1966年制作] 等だ。映画『泥棒成金 (To Catch A Thief)』でのグレース・ケリー (Grace Kelly) 演じるフランセス・スティーブンス (Frances Stevens) がそれらの映画に登場したヒロイン達、ダーラ王女 (Princess Dala) [演:クラウディア・カルディナーレ (Claudia Cardinale)] やジョルジャ (Giorgia) [演:ロッサナ・ポデスタ (Rossana Podesta)] やニコル・ボネ (Nicole Bonnet) [演:オードリー・ヘプバーン (Audrey Hepburn)] の始祖であるとは断言は出来ないかもしれないが、少なからざる影響は与えてはいると想う。
但し、それらの前駆的な作品として位置付けられる映画『泥棒成金 (To Catch A Thief)』に於いても、グレース・ケリー (Grace Kelly) 演ずるフランセス・スティーブンス (Frances Stevens) は恐怖体験をする。そして、その恐怖は作品内だけに留まらず、不幸な事に、彼女の早すぎる死をも、暗示させるから、映画を観るモノとしては内心、こころやすらかではない。

それでは映画『裏窓 (Rear Window)』とは一体、なんなのか。
謀らずも左脚を骨折し、身動きの取れない身体となった結果、俄仕込みのアームチェア・ディティクティブ (Armchair Detective) と化した主人公L・B・ジェフリーズ (L.B. "Jeff" Jefferies) のアシスタント、俄仕込みのジョン・H・ワトスン博士 (John H. Watson) が、グレース・ケリー (Grace Kelly) 演じるヒロイン、リサ・キャロル・フレモント (Lisa Carol Fremont)、では決してない。
アームチェア・ディティクティブ (Armchair Detective) の手足となる役、つまりジョン・H・ワトスン博士 (John H. Watson) の役廻りはステラ (Stella) [演:セルマ・リッター (Thelma Ritter)] に与えられているからだ。

images
ヒロイン、リサ・キャロル・フレモント (Lisa Carol Fremont) の存在意義は、物語冒頭の、初登場シーン [ここで視聴可能だ] がその総てではないだろうか。
ジェームズ・スチュアート (James Stewart) 演じるL・B・ジェフリーズ (L.B. "Jeff" Jefferies) の顔を覗き込み、濃厚なくちづけを交わす。ジェームズ・スチュアート (James Stewart) にとっての主観ショット (Point Of View Shot) [実際は彼は眠りこけている筈であり、では一体、誰の視線なのだろうか] が、映画を観るモノの誰をも魅了し、恍惚とさせる。
[そのシーンのワン・ショットを上掲画像として選んだのだけれどもこのシーン、静止画像では全然、その魅力が伝わらないんだよなぁ。]

単純な話、映画『裏窓 (Rear Window)』のヒロインの存在感はここに集約されているし、その映画がこれから語るべき物語を忘れて、そのまま彼女の魅力だけを光り輝かせるだけの作品と化してもいい。
だが残念ながら、映画『サイコ (Psycho)』 の最も刺激的なシーンがマリオン・クレイン (Marion Crane) [演:ジャネット・リー (Janet Leigh)] 惨殺のシーンであっても、その場面はその物語の発端でしかない様に、グレース・ケリー (Grace Kelly) 演じるリサ・キャロル・フレモント (Lisa Carol Fremont) の初登場のシーンも、その物語の導入部に過ぎないのだ。

だから、本来ならば薄暗がりの部屋の中で、さらに濃厚な場面が展開されたとしても決して不思議ではない筈なのに、その想いはグレース・ケリー (Grace Kelly) 演じるリサ・キャロル・フレモント (Lisa Carol Fremont) 自らの行為によって中断される。彼女によって、部屋の灯りが灯されるのだ。
謂ってみれば、あちらの方から突然誘惑し、そしてその誘惑の罠に陥る決心がついた瞬間に、それを棚上げされてしまった様なモノなのだ。
これはなにかに似ている。
いや、もったいぶった伏線 (An Advance Hint) をひいても仕様がない。
これはジェームズ・スチュアート (James Stewart) 演じるL・B・ジェフリーズ (L.B. "Jeff" Jefferies) にとっての裏窓 (Rear Window) の情景と全く同じなのだ。

映画『裏窓 (Rear Window)』の主題は、窃視 (Voyeur) である。
行動力を奪われた写真家 (Photographer) が、みるだけの存在と化して、みる事に徹せざるを得ない。しかもみたいものが必ずしもみえる訳でもなく、それとは逆に、みてはいけないモノをみてしまった事から、この物語が始まる。

それと同じ様に、映画を観るモノが、グレース・ケリー (Grace Kelly) を観るのだ。
L・B・ジェフリーズ (L.B. "Jeff" Jefferies) が裏窓 (Rear Window) の向こうに映じる情景に切歯扼腕 (Clench One's Fists And Grind One's Teeth) するのと同じ様に、映画を観るモノもグレース・ケリー (Grace Kelly) に切歯扼腕 (Clench One's Fists And Grind One's Teeth) させられる。
主人公とヒロインは恋人同士である筈なのに、どこか一線を越えない。それは必ずしも主人公の骨折した左脚が原因ではない筈なのに、行動が一切、奪われてしまっている。とるべき行動が一切、遅延化させられているのだ。

ふたりの関係性に感じるじれったさは、裏窓 (Rear Window) の向こうにある筈の、みえない真実に対して抱くモノと同一ではないのだろうか。

映画を観るモノに許されているのは、それを観る事だけであり、それは誰にとっても自明のモノである筈なのに、あらためて、ここで念を押されてしまう。

逆に謂えば、こんなにも魅力的な女性をただみ凝視める事だけしか許されていない様に、ジェームズ・スチュアート (James Stewart) 演じるL・B・ジェフリーズ (L.B. "Jeff" Jefferies) は裏窓 (Rear Window) の向こうの出来事をただ凝視する事だけしか許されていないのだ。

それ故にこそ、彼は物語の最期で、裏窓 (Rear Window) の向こうに落下せざるを得ないのだ。
そして、映画の終わったその先の物語で、恋人同士の関係性にもいくばくかの変化が起きた様にも、感じられるのだ。
下衆な謂い方をすれば、彼女の掌中にも、彼は落ちてしまったのである。

だから、ジェームズ・スチュアート (James Stewart) 演じる主人公ジョン・"スコティ"・ファーガソン (John "Scottie" Ferguson) が落ちそうで危うく落ちずに九死に一生を得る (To Have A Narrow Escape From Death) ところから物語が始まるアルフレッド・ヒッチコック (Alfred Hitchcock) の映画『めまい (Vertigo)』 [1958年制作] は、もうひとつの映画『裏窓 (Rear Window)』ではないだろうか、と思えるのだ。
キム・ノヴァク (Kim Novak) 演じるヒロインが身を投じる。それを救おうとジョン・"スコティ"・ファーガソン (John "Scottie" Ferguson) が試みるがその結果、ジョン・"スコティ"・ファーガソン (John "Scottie" Ferguson) はキム・ノヴァク (Kim Novak) の術中に物の見事に陥ってしまう。
物語はそこからはじまるのだ。

次回は「」。

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