2016.12.27.12.01

らんふぉーゆあらいふ

レノンマッカートニー (Lennon - McCartney) 作の楽曲『浮気娘 (Run For Your Life)』は、その実際はジョン・レノン (John Lennon) によるものであって、ザ・ビートルズ (The Beatles) のアルバム『ラバー・ソウル (Rubber Soul)』 [1965年発表] に収録された。そのアルバムのラスト・ナンバーである。

だけれども、果たしてこの楽曲がそのアルバムのその位置を占めていていいのだろうか、と聴く度に思う。

だからと謂って、他にいい案がある訳でもない。全14曲をシャッフルして並び替えて、少なくとも自己満足の域に達する選曲案を呈示出来る訳でもない。

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ちなみに、『ラバー・ソウル (Rubber Soul)』と謂う楽曲集の、もうひとつ別の選曲案としては、米国で発売されたキャピトル (Capitol Records) 盤の『ラバー・ソウル (Rubber Soul)』 [1965年発表] がある。
ドライヴ・マイ・カー (Drive My Car)』、『ひとりぼっちのあいつ (Nowhere Man)』、『恋をするなら (If I Needed Someone)』、そして『消えた恋 (What Goes On)』が削除されて、新たに英国で発売されたオリジナルパーロフォン (Parlophone) 盤である『4人はアイドル (Help!)』 [1965年発表] から、『夢の人 (I've Just Seen A Face)』と『イッツ・オンリー・ラヴ (It's Only Love)』が収録された全12曲のアルバムだ。
しかし、そのアルバムでも、その楽曲はその場所を動かない。米キャピトル (Capitol Records) 盤の『ラバー・ソウル (Rubber Soul)』でも『浮気娘 (Run For Your Life)』は最終楽曲なのだ。

いやいや、そう謂う事ではない。

ぼくが納得できていないのは、ザ・ビートルズ (The Beatles) の他のアルバムに収められた最終楽曲と比較して、その曲が見劣りして聴こえるからである。

勿論、LPレコード (LP Records) と謂うメディアをひとつの作品として把握して、作品を編み出す手法と聴き手がそれを単体の作品として評価鑑賞する様になるのは、もうしばらく後の話だ。
ザ・ビートルズ (The Beatles) で謂えば、次作『リボルバー (Revolver)』 [1966年発表] 以降になる。
創り手が、アルバムの掉尾を飾るべき楽曲を制作当初から認識し、そしてそれに相応しい編曲やアイデアを盛り込むと謂う発想は、『ラバー・ソウル (Rubber Soul)』には、恐らくない。
ただの14曲の寄せ集めでいい訳だ。

しかし、彼等の場合、例えば、デヴュー・アルバムである『プリーズ・プリーズ・ミー (Please Please Me with Love Me Do and 12 Other Songs)』 [1963年発表] を聴いてみれば、『アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア (I Saw Her Standing There)』で始まり『ツイスト・アンド・シャウト (Twist And Shout)』で終わる曲順は、彼等が曲がる事なきロックンロール・バンド (Rock And Roll Band) であると謂う強い主張をみる事が出来る。
今ではもう購入する事の出来無いアルバム『オールディーズ (A Collection Of Beatles Oldies』 [1966年発表] は、1963年から1966年に発表された英国でのアルバム未収録楽曲を収録した文字通りの未収録曲集ではあるが、そんな作品であっても、最終楽曲は彼等を全世界へと送り出した楽曲『抱きしめたい (I Want To Hold Your Hand)』 [1964年発表] なのだ。
つまり、寄せ集めの楽曲集ではあっても、そこには何らかの意思が働いている筈だ。

だから、少なくとも『浮気娘 (Run For Your Life)』をそのアルバムの最終楽曲としたのは、制作サイドには何らかの意図があったと考えるべきなのだ。

ところで、『浮気娘 (Run For Your Life)』もレノンマッカートニー (Lennon - McCartney) の他の楽曲と同様に、様々なアーティスト達にカヴァーされている。勿論、その実数は他の有名楽曲と比較すると少ないのは事実だ。だが、その多くはないカヴァー・ヴァージョンをみてみると、興味深い事に遭遇する。
ゲイリー・ルイス・アンド・ザ・プレイボーイズ (Gary Lewis And The Playboys) の『浮気娘 (Run For Your Life)』 [アルバム『シーズ・ジャスト・マイ・スタイル (She's Just My Style)』収録] も、ナンシー・シナトラ (Nancy Sinatra) の『浮気娘 (Run For Your Life)』 [アルバム『ブーツ (Boots)』収録] も、ジョニー・リヴァース (Johnny Rivers) の『浮気娘 (Run For Your Life)』 [アルバム『アンド・アイ・ノー・ユー・ワナ・ダンス ( ...And I Know You Wanna Dance)』収録] も、総て1966年の発表だ。オリジナル楽曲は前年12月の発表だから、殆どリアル・タイムでこぞって取り上げたと謂っても良い。
しかもそれぞれを聴き比べても、オリジナル・ヴァージョンに忠実で奇をてらってもいない [ナンシー・シナトラ (Nancy Sinatra) は歌詞の男女の立場を入れ替えてあるが、これはポップ・ソングの常套だ。だから、仮にナンシー・シナトラ (Nancy Sinatra) のこの楽曲に邦題を授けるとするのならば、"浮気男"とすべきところなのだろう]。
なんだか、単純にレノンマッカートニー (Lennon - McCartney) の最新のポップな楽曲を演ってみましたと謂う、ただそれだけの風情なのだ。

そう、単純に『浮気娘 (Run For Your Life)』と謂う楽曲だけを聴き込んでみれば、解りやすいポップ・ソングなのだ。カントリー・アンド・ウエスタン (Country And Western) のフォーマットに従って、しかもそこから逸脱する様な形でさらに耳に馴染みやすい編曲を施している。

と、謂う様にこの楽曲を評価してみると、このアルバムでは様々な新機軸や実験的なアプローチを施してはいるが、最後の最後で、アイドルでポップ・スターな彼等のパブリック・イメージを忠実になぞり返している様にみえるのだ。
例えば『イン・マイ・ライフ (In My Life)』でしみじみとしたクロージングを演出する事も出来なくはないのだろうが、それではきっと彼等のファンの大部分を置き去りにして彼等は、きっと遠くへ行ってしまった様にも感じられるのかもしれない。
端的に謂えば、旧くからあるファンに安心を与える、その為に、この楽曲こそがその位置を与えられている様にも思える。

でもねぇ。

この楽曲の前の楽曲『恋をするなら (If I Needed Someone)』 [ジョージ・ハリスン (George Harrison) 作] は、純情な心情を素朴に訴えている楽曲で、『浮気娘 (Run For Your Life)』はそんな態度をその曲の作者共々、嘲け笑っている様にも聴こえるのだ。
いや、そればかりではない。
同じ「人生 (LIfe)」と謂う語句がある自身の楽曲『イン・マイ・ライフ (In My Life)』の、掌を翻したかの様な面持ちを感じるし、邦題だけに眼を奪われると今度は逆に『嘘つき女 (Think for Yourself)』 [ジョージ・ハリスン (George Harrison) 作] にも呼応している様にも聴こえてしまう。
つまり、その楽曲がそこにある事によってみえてくるモノは、ジョン・レノン (John Lennon) の辛辣な視線ばかりなのである。

で、困った事に、そんなジョン・レノン (John Lennon) がぼくは大好きなのだ。

次回は「」。
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