2015.12.29.09.43

まや

表記は多々ある上に、自称他称、実在非実在、男性女性、と謂う様々な分類を凌駕して、マヤ (Maya) と謂う名称の人物は非常に多い。
勿論、マヤ文明 (Cultura maya) と謂う様な非人類の様な存在もないではない [男性名としてのマヤ (Maya) の存在を疑う向きもないではないだろうから、一例として漫画家の魔夜峰央 (Mineo Maya) を挙げておく。代表作はアニメ番組『パタリロ! (Patalliro!)』 [19821983フジテレビ系列] としてアニメ化もされたマンガ『パタリロ! (Patalliro!)』[19781990花とゆめ連載] だ。]。

そして、今回取り上げるのは、非人類のマヤ (Maya)、マゼラン星人 (Alien Magellan) である。
TV番組『ウルトラセブン (Ultra Seven)』 [19671968TBS系列] の第37話『盗まれたウルトラ・アイ (The Stolen Ultra Eye)』[監督:鈴木俊継 (Toshitsugu Suzuki) 脚本:市川森一 (Shinichi Ichikawa) 特技監督:高野宏一 (Kouichi Takano)] の、実質的な主人公であり、物語では地球人類の10代女性の姿となって登場して、その真実の姿は一切わからない。吉田ゆり (Yuri Yoshida) [当時、現香野百合子 (Yuriko Kouno)] が演じた。

あらかじめ捕捉しておけば、作品名上に顕れるウルトラ・アイ (Ultra Eye) とは、モロボシ・ダン (Dan Moroboshi) [演:森次晃嗣 (Kohji Moritsugu)] がウルトラセブン (Ultraseven) に変身する際に用いるメガネ状をした道具で、これがないと彼は地球人類男性の形状から本来の姿へと変身出来ない。つまり、事件を解決する為への直接行動をモロボシ・ダン (Dan Moroboshi) =ウルトラセブン (Ultraseven) が禁じられてしまっている訳で、これが本来ならば、物語に緊張感をもたらすのである。

だがしかし、ウルトラ・アイ (Ultra Eye) の喪失と奪還がこの物語の主題でもないのだ。

ウルトラ・アイ (Ultra Eye) が、他者の故意の行動 [つまり盗難] によって、もしくはモロボシ・ダン (Dan Moroboshi)自身の過失によって、彼の手元から喪失してしまう物語は、この作品が初めてではない。
前作であるTV番組『ウルトラマン (Ultraman)』 [19661967TBS系列] において、ハヤタ・シン (Shin Hayata) [演:黒部進 (Susumu Kurobe)] が、ウルトラ・アイ (Ultra Eye) に相当するベーターカプセル (Beta Capsule) を喪失してしまう物語を加えれば、そのヴァリアントは多すぎるくらいだ。
[それ故に、TV番組『ウルトラセブン (Ultra Seven)』の次作であるTV番組『帰ってきたウルトラマン (The Return Of Ultraman)』 [19711972TBS系列] では、ベーターカプセル (Beta Capsule) やウルトラ・アイ (Ultra Eye) に相当する小道具の設定自体がない。郷秀樹 (Hideki Goh) [演:団時朗 (Jiro Dan)] がウルトラマン (Ultraman) に変身する為の要件が全く異なるモノへと変更されているのだ。]

しかも、その喪失の原因、と謂うよりもむしろ強奪か、となった人物が地球人類の若い女性に扮していたと謂う物語すら既に語られている。第3話『湖のひみつ (The Secret Of The Lake』[監督:野長瀬三摩地 (Samaji Nonagase) 脚本:金城哲夫 (Tetsuo Kinjyo) 特技監督:高野宏一 (Kouichi Takano)] [この作品に関しては既にここここで触れている] と第4話『マックス号応答せよ (Max, Acknowledge)』[Dark Zone)』 [監督:満田かずほ (Kazuho MItsuda) 脚本:山田正弘 (Masahiro Yamada)、金城哲夫 (Tetsuo Kinjyo) 特技監督:有川貞昌 (Sadamasa Arikawa)] だ。

表題に便宜上、掲げられたテーマは敢えて謂えば、手垢にまみれた様な使い古しの常套句の様なモノなのだ。
しかもその上に、特撮シーンも皆無ならば、格闘シーンも皆無、異形の宇宙人すらも登場しない。

物語の核心を成すシーンは、ウルトラセブン (Ultraseven) への変身を成し得ないモロボシ・ダン (Dan Moroboshi) と、地球人類10代女性の姿をしたマゼラン星人マヤ (Maya, The Alien Magellan) との対話なのだ。

ここでぼく達は、第15話『ウルトラ警備隊西へ 後編 (Westward, Ultra Garrison [Conclusion])』 [監督:満田かずほ (Kazuho MItsuda) 脚本:金城哲夫 (Tetsuo Kinjyo) 特技監督:高野宏一 (Kouichi Takano)] を想い出すべきなのかもしれない。
そこでは同じ様に、モロボシ・ダン (Dan Moroboshi) =ウルトラセブン (Ultraseven) とペダン星人 (Alien Pedan) の支配下にあるドロシー・アンダーソン博士 ((Dr. Dorothy Anderson) [演:リンダ・ハーディスティー (Linda Hardesty)] との対話シーンがある [ここで紹介済み]。
どちらのシーンも、モロボシ・ダン (Dan Moroboshi) =ウルトラセブン (Ultraseven) と対峙する女性は、"彼女"の出身星を代表して自己の主張を行っている。

ただ、違うのはその後にマゼラン星人マヤ (Maya, The Alien Magellan) に、"彼女"自身が母星に裏切られてしまった事が発覚する事だ。それが"彼女"に解った時点で、物語は急展する。

本来ならば、ここでのマゼラン星人マヤ (Maya, The Alien Magellan) の内心の変化が物語の主題となる筈だろう。しかし、そこで描かれるべき葛藤は殆ど語られる事もなく、"彼女"は沈黙を守ったまま、自らが盗難したウルトラ・アイ (Ultra Eye) を本来の持ち主の手許へと返すのだ。

おのれの所属する組織からの任務を全うしたのにも関わらずに、それへの応報として、自らの退路が絶たれてしまう。寧ろ、あらかじめ捨て石として、おのれの救済は計画当初から予定されていなかった。

大雑把にまとめてしまえば、"彼女"に対する母星の行動は、その様なモノとして眺める事が出来る。
では、それに対して、"彼女"はなにをなすべきなのか。

組織への忠誠に対して、組織はそれを裏切りをもって応じようとする。
よくある話だ。

真剣に真面目になって"彼女"の立場になって考えてみれば、非常に重い問題だ。しかも、自身の生命もここにはかけられている。
と、同時に、実は大なり小なり、ここそこにあるごく当たり前の状況であって、マゼラン星人マヤ (Maya, The Alien Magellan) だけが直面する特殊な問題でもない。普遍的な、と同時に、既に語られ尽くされた感のある、物語でもあるのだ。
例えば、戦争中に補給路を絶たれて孤立した最前線の基地とかはすぐに脳裏に浮かぶし、もしかしたら、自爆テロ (Suicide Terrorism) の実行犯の中には、その様な立場の人物がいないとも限らない。

しかも、それは、戦闘下と謂う、特殊 [特殊なのかそれは?] な状況とは限らない。
俗な謂い方、卑近な物謂をすれば、"彼女"の立場は、梯子を外される (To Be Lonely At The Top) と表現可能な事態でもある。
こんな表現が可能な事態が出来する事、つまり、自己がその窮地に陥る事も他者を陥らせる事も、いつでもどこでも誰にでもある話なのではないだろうか。

だからこそ、マゼラン星人マヤ (Maya, The Alien Magellan) の行為を、誰も咎めようともしないし、誰も褒めようともしない。
事件の終わったその後、モロボシ・ダン (Dan Moroboshi) が言及しているのは、その後の"彼女"のとった行動だ。

images
何故他の星ででも生きようとしなかったんだ。僕だって同じ宇宙人じゃないか (Why don't you want to live on this pranet? I'm the alien here, same as you.)」
[掲載画像はこちらから]

つまり、彼からみれば、"彼女"が母星からの使命に反して、盗難したウルトラ・アイ (Ultra Eye) を返還したその理由が、自らの命の保証ではなかった事が、悔やまれて仕方のない事なのである。
裏切り者として生きる事を是としなかった彼女を評価出来ないのだ。

ただ、放送当時、この番組を観ていた少なからぬ人々 [特に子供と一緒になってみていた大人達] は、彼女の行為によって救済されている様な気が、僕にはする。

少なくとも、第6話『ダーク・ゾーン (Dark Zone)』 [監督:満田かずほ (Kazuho MItsuda) 脚本:若槻文三 (Bunzo Wakatsuki) 特技監督:有川貞昌 (Sadamasa Arikawa)] に登場した、たったひとりでこの地球のダークゾーン (Dark Zorn) に棲み続けなけらばならなくなったペガッサ星人 (Alien Pegassa) の孤独よりも、マゼラン星人マヤ (Maya, The Alien Magellan) の行動の方が理解可能な筈なのだ。
物語が投げかけた問題は一向に解決出来ないかもしれないが、"彼女"の行為からは情緒的な解放を得られているのに違いない。

次回は「」。

附記:
「<前略>スナック喫茶のジュークボックスのリクエスト・キーには、"I"の文字がなく、これは"愛"がないとの、ダブルミーニングを示したものとファンには思われている」(『ウルトラセブンベストブック - 空想特撮シリーズ 』より抜粋)。
関連記事

theme : ふと感じること - genre :

i know it and take it | comments : 0 | trackbacks : 0 | pagetop

<<previous entry | <home> | next entry>>

comments for this entry

only can see the webmaster :

tackbacks for this entry

trackback url

http://tai4oyo.blog108.fc2.com/tb.php/1922-13a1ca11

for fc2 blog users

trackback url for fc2 blog users is here