2015.10.13.11.50

がびょう

送り主の名が書かれていない封書 (Letter) には剃刀 (Razor) が入っている様に、トゥシューズ (Pointe Shoes) の底にはいつも画鋲 (Drawing Pin) が潜んでいる。

今では半ばギャグ・ネタにもならない様なクリシェ (Cliche) だけれども、一体、それらはどこから顕れたのだろうか。
勿論、ここで取り上げるのは前者ではなくて、後者だ。

[前者に関しては、剃刀 (Razor) が進化してその代わりに爆発物が入っている事例、例えば日本テレビ郵便爆弾事件 (Bomb Aimed At Japanese Teen Star) [1994年] がない訳でもないし、その発想を発展させたモノが自爆テロ (Suicide Attack) とみる事も可能で、あんまり愉快な考察が出来ない様な気がする。]

ネットで漁ってみれば、トゥシューズ (Pointe Shoes) の底に画鋲 (Drawing Pin) が潜んでいるその最初の事例はマンガ『のろわれたコッペリア (Cursed Coppelia)』 [作:高橋真琴 (Makoto Takahashi) 1957月刊少女掲載] だそうだ。
[このサイト記事にその作品全7頁が掲載されている]

マンガ『のろわれたコッペリア (Cursed Coppelia)』は流石に観た事も読んだ事もないが、トゥシューズ (Pointe Shoes) の底にある画鋲 (Drawing Pin) に関しては、様々なところで聞いたり読んだりした記憶があるのは、トゥシューズ (Pointe Shoes) を履く人物達が物語の主役となる作品群に幼い頃、何度も遭遇したからだ。つまりは、バレエ・マンガ (Ballet Cartoon) である。

ぼくが、所謂少女マンガ (Shojo Manga) を読む様になるのは、花の24年組 (Year 24 Group) と呼ばれる作家世代が活躍を始める1970年代後半 (Late 1970s) 以降の事だから、ここで謂うバレエ・マンガ (Ballet Cartoon) とは学年誌 (Grade Magazine) に連載されているモノの事である。
今では作家名や作品名は記憶の咎の様な場所にあって、皆目、検討もつかないが、毎月毎月そして毎年毎年読んでいた学年誌 (Grade Magazine) のどこかにそのジャンルの作品は掲載されていた様な記憶がある。

images
だからと謂って、そんな作品群のどこかにそんな事件や描写があったか否かはとてつもなく心許ない。
寧ろ、そんな雑誌やマンガを読んで育った世代が、世に顕れて、彼らの表現の中に、その様な描写が登場したからだろうか。
マンガ『エリカの星 (Ray Of Light For Erika)』 [作:江口寿史 (Hisashi Eguchi) 19851991漫画アクション連載] をぼく達が笑えたのは、その作品に登場するギャグ・ネタとしての貧乏がかつてシリアスな描写として幾つもの先行作品群に登場したからだ。
[上掲画像はこちらから、マンガ『エリカの星 (Ray Of Light For Erika)』の主人公南城エリカ (Erika Nanjo)。着用しているのはバイト先の制服、アンナミラーズ (Anna Miller's) のモノと思われる]

しかしこの場合 [この場合と謂うのはトゥシューズ (Pointe Shoes) の画鋲 (Drawing Pin) の事だけれども] 、バレエ (Ballet) を描く後発マンガである『アラベスク (Arabesque)』 [作:山岸凉子 (Ryoko Yamagishi) 19711975花とゆめ連載] にも『スワン (Swan)』 [作:有吉京子 (Kyoko Ariyoshi) 1976週刊マーガレット連載開始] にも登場してこない筈だ。
少女とかつて少女だったモノ達が手掛ける作品群からは、巧妙に排除されていった様な気がする。

マンガ『エリカの星 (Ray Of Light For Erika)』に於ける貧乏がそうであった様に、トゥシューズ (Pointe Shoes) のなかにある画鋲 (Drawing Pin) を見咎め続け、それを笑いに転化していったのは、少年達ではなかっただろうか。

[と謂う様な、これまで綴ってきた事は単なる印象論でしかないから、少なくともマンガ (Manga) におけるジェンダー (Gender) の問題は、どこかで誰かがきちんと纏めてくれないかなぁと思う。]

ところで、何故、トゥシューズ (Pointe Shoes) のなかにあるのは画鋲 (Drawing Pin) なのだろうか。
封書 (Letter) のなかの様に剃刀 (Razor) でも、同様否それ以上の効果をあげる可能性は充分にある筈なのに。

思いつくのは、読者層である子供達が真似した場合を考慮しての事なのだけれども。

マンガ『のろわれたコッペリア (Cursed Coppelia)』が発表された当時、子供達にとってはいまよりも遥かに刃物は身近な存在だったと思う。
ぼく達が義務教育 (Compulsory Education) を修学していた当時も、鉛筆 (Pencil) を削るからと謂う理由だけで、ちっぽけなナイフ (Knife) を筆箱 (Pen Case) のなかに入れていても咎められなかった時代だ。
因みに、 教室には電動鉛筆削り (Electric Pencil Sharpener) はないものの手動式 (Planetary Pencil Sharpener) のそれはあって、ぼく達はナイフ (Knife) で鉛筆 (Pencil) も削れないと親達から揶揄された最初の世代だ。
だからその前世代の子供達は恐らく、ぼく達の世代よりも刃物に長けていたのに違いない。

そんな子供達にトゥシューズ (Pointe Shoes) の中に剃刀 (Razor) やカッター・ナイフの替刃 (Replaceable Utility Blade For Utility Knife) を潜ませる事をそそのかしたら一体、どんな惨事が起きるのだろうか、と謂う事なのではないだろうか。

画鋲 (Drawing Pin) が凶器として最大限の効力を発揮するのは、剥き身で放置されている際よりも、一旦、壁に留めてその頭部が捥がれた状態、つまり、ちいさなささくれだった棘の状態で壁にある時だ。
小学生同士がふとした弾みで校内で喧嘩となった場合、殴る蹴るよりも体当たりで突進し、相手を壁際までおいつめて叩きつけようと無我夢中になるのは、それが理由だ。

次回は「」。
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