2015.09.29.09.43

たにんのそらに

そのひとの横顔はぼくに、なき母の面影を偲ばせている。

ふと、街中でみかけたある人物が、かつて交遊のあったある人物への連想が及んでしまう事は、恐らく誰にとってもよくある事で、多くの場合、ひとはそれを他人の空似 (Case Of Accidential Resemblance) と呼んで、そこから先へ赴こうとする思考の動きを遮断してしまう。

それは何故かと謂うと、その赴かんとする方向の殆どがかつての自己、すなわち、過去の体験や過去の自身の事であり、今、現実に差し向かわんとしている己の行動を遮断してしまう畏れがそこにあるからだ。

例えばの話、満員電車に揺られている最中、視線の向こうにかつての誰かによく似たひとをみかけてしまっても大概は、それでおしまいだ。
もしもその人物の行方を追って、出勤途中の駅で下車してしまえば、社会人としては失格なのだから。

だけれども、ぼく達が馴染んだ数多くの物語の中の、数多くの主人公達は、その人物を追って電車を降りてしまう人物達なのだ。

つまり、ぼくが指摘したいのは、他人の空似 (Case Of Accidential Resemblance) を発端とする物語の数の多さの事なのである。

そして、他人の空似 (Case Of Accidential Resemblance) と謂う些細な事象を支える為に、幾つもの結構が産み出されたと謂う事も。

幽体離脱 (Out Of Body Experience) やそれに準じるかもしれないドッペルゲンガー (Doppelganger)、一人二役 (Double Role) やそれをひっくりかえした二人一役 (Double Cast)、時空のねじれ (Time Warp) やタイム・スリップ (Time Travel)。
ここに今、揚げたのはある特定のジャンルに属する物語に登場する語句ばかりだけれども、冒頭に掲げた一文を再読すれば解る様に、他人の空似 (Case Of Accidential Resemblance) を発端として過去への追想を書き進める事も出来れば、現在進行形の恋愛小説をでっちあげる事も出来る。

もう少し枠組みを広げて、大雑把に断言してしまうと、勘違いや思い違いは、物語の発端になると謂う事でもある。
勘違いや思い違いを発動させる素因が、ある特定の人物に附随する場合の、その一部が他人の空似 (Case Of Accidential Resemblance) である、と断言出来るのかもしれない。

問題は、それを起動させる装置が、物語の登場人物達の誰かに委ねられているのか、それとも、作者ないしは物語自身の恣意の許にあるのか、と謂う事だ。

images
映画『めまい (Vertigo)』 [アルフレッド・ヒッチコック (Alfred Hitchcock) 監督作品 1958年制作] は他人の空似 (Case Of Accidential Resemblance) が物語のひとつの主題ではあるが、そのシステムの運用が多重に設定されている為、物語の行方を追う観客は戸惑うばかりだ。
[掲載画像はこちらから:画面左から右へ:マデリン・エルスター (Madeleine Elster) [演:キム・ノヴァク (Kim Novak)]、ジョン・"スコティ"・ファーガソン (John "Scottie" Ferguson) [演:ジェームズ・ステュアート (James Stewart)]、ジュディ・バートン (Judy Barton) [演:キム・ノヴァク (Kim Novak)]]

作品名こそ、ジェームズ・ステュアート (James Stewart) 演じる主人公ジョン・"スコティ"・ファーガソン (John "Scottie" Ferguson) の高所恐怖症 (Acrophobia) の発作を指し示すモノではあるが、観客にとっては物語の舞台であるサンフランシスコ (San Francisco) を、あるおんなを追って流離うジョン・"スコティ"・ファーガソン (John "Scottie" Ferguson) の車中での描写こそ、眩暈 (Dizziness) そのモノである。その起因となるのが他人の空似 (Case Of Accidential Resemblance) なのである。
ジョン・"スコティ"・ファーガソン (John "Scottie" Ferguson) と共に車中にある観客はそこで戸惑う。今、観ているのは、ある犯罪を追う物語なのか、それとも、あるいびつな恋愛を追う物語かと。そして、物語そのものが、かつて観たある物語の、他人の空似 (Case Of Accidential Resemblance) ではないかと [ジョン・"スコティ"・ファーガソン (John "Scottie" Ferguson) が高所恐怖症 (Acrophobia) を患う原因は物語冒頭で語られているが、かつてジェームズ・ステュアート (James Stewart) は同じ監督の映画『裏窓 (Rear Window)』 [アルフレッド・ヒッチコック (Alfred Hitchcock) 監督作品 1954年制作] で、それとよく似た危険に晒されてしまっているのだ]。

次回は「」。

附記:
本文では視覚面でのそれに限定して綴ってみたが、個人的には聴覚面での他人の空似 (Case Of Accidential Resemblance) も看過出来ないのだ。
ふと、かつて馴染みのある声を聴いて、街中をみまわしてしまう事も、ない訳ではない。
単なる空耳なのか、それとも似た声の他者なのか、それとも馴染みある声の主そのヒトなのか。
音声の音質や音量ばかりではなく、話し方や使われている語句、その微妙なニュアンスもあまりにそっくりなのである。
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