2015.07.14.12.27

とりすたんといぞるで

当代気鋭の映像作家10人がそれぞれ、1曲のアリア (Aria) を題材にして短編映画を製作したオムニバス映画『アリア (Aria)』 [監督 [登場順]:ニコラス・ローグ (Nicolas Roeg)、チャールズ・スターリッジ (Charles Sturridge)、ジャン=リュック・ゴダール (Jean-Luc Godard)、ジュリアン・テンプル (Julien Temple)、ブルース・ベレスフォード (Bruce Beresford)、ロバート・アルトマン (Robert Altman)、フランク・ロッダム (Franc Roddam)、ケン・ラッセル (Ken Russell)、デレク・ジャーマン (Derek Jarman)、ビル・ブライドン (Bill Bryden) 1987年制作] で、楽劇 (Musikdrama) 『トリスタンとイゾルデ (Tristan und Isolde』 [リヒャルト・ワーグナー (Richard Wagner) 作 18571859年作曲 1865年初演] からのアリア (Aria) 『愛の死 (Liebestod)』 [第3幕第3場 (Akt III, Szene 3) イゾルデ (Isolde) 役のソプラノ (Sopran) による独唱] を題材にしたのは、フランク・ロッダム (Franc Roddam)。
第7篇の位置にある。
若い男女のラスベガス (Las Vegas) での一夜を描いた作品で、女優ブリジット・フォンダ (Bridget Fonda) は本作品への出演でデヴューした。

もしも仮に、楽劇 (Musikdrama) 『トリスタンとイゾルデ (Tristan und Isolde』の主題が愛 (Eros) と死 (Thanatos) だとしたら、その総てをこの短い時間に濃縮したと謂ってよい。
それは、彼らがとった1夜の宿で夥しい血が流出するからではない。作品冒頭の、ハイウェイ (Highway)をはしるシーンからして、血塗れの欲望が渦巻いているのだ。
だが、果たしてそんなイメージを喚起するのは、選ばれたアリア (Aria) 『愛の死 (Liebestod)』によってもたらされているのかと謂うと、いろいろな部分で疑問が湧く。

ひとつは、そんなイメージを育んでしまうのが、そのアリア (Aria) とそれを成り立たせている物語を既に知っているのか、と謂う事。
ひとつは、その映像作品単体だけを体験して、おなじ感慨を抱けるのだろうか、と謂う事。

前者に関しては、ぼく個人を引き合いにだせば、その楽劇やその原典となった物語『トリスタンとイゾルデ (Tristan und Isolde)』に関しては知識としては既に得ていたモノの、そこから何か具体的な感動や体感を得ていたと謂う認識はない。

後者に関しては、映画『アリア (Aria)』と謂う作品全体の中の、それが主題のひとつでもあるからだ。
上で、楽劇 (Musikdrama) 『トリスタンとイゾルデ (Tristan und Isolde』の主題が愛 (Eros) と死 (Thanatos) と定義してみたけれども、この映画は、実は違う、アリア (Aria) こそ否オペラ (Opera) こそ愛 (Eros) と死 (Thanatos) とを主題とする創作物 / 表現手段だと主張している様に思える。逆に謂えば、10人の映像作家のなかにあるオペラ (Opera) やアリア (Aria) の第一義はそこにあるのではないだろうか。
しかも、映画が後編に赴いていくに従って次第に、前者を描く事よりもより後者の方へと重きを増している様に思える。

images
つまり、この第7篇であるフランク・ロッダム (Franc Roddam) の映像作品に続く、遺りの3作品は皆、死に瀕しているモノ達が主人公なのだ。
いや、第7篇に登場するこのふたりも含めて、だ。
[掲載画像はこちらから:ブリジット・フォンダ (Bridget Fonda) とジェームズ・マザーズ (James Mathers)]

だから、映画『アリア (Aria)』全体をみまわせば、語るべきモノは第7篇から一気に加速する様にも思えるし、単純にある統一した題材の名の許で掌篇10作品を集めました、と謂うだけのモノでもなくなってしまう。
[そう謂う意味では、作品と作品のつなぎで登場するジョン・ハート (John Hurt) 演じる"道化師 (Pagliacci)" は全くの蛇足なのだ。]

次回は「」。

附記:
この掌編にはふたつの解釈が可能と思われる。
ひとつは、男女ふたりでラスベガス (Las Vegas) に乗り込んで、おんなひとりだけがラスベガス (Las Vegas) を後にする。
ひとつは、男女ふたりでラスベガス (Las Vegas) に乗り込んで、男女ふたりがラスベガス (Las Vegas) を後にする。
と、綴ると既に作品を観た方からは前者の解釈の同意を得るのは可能だが、後者を納得させるのは難しい様な気もする。
だけれども、最期のシーンでは、どうみても車窓に映る影はふたりだ。それを確認しようとすると、前をはしるそのくるまは加速してぼくの試みを無効にしてしまう。
楽劇 (Musikdrama) 『トリスタンとイゾルデ (Tristan und Isolde』ではアリア (Aria) 『愛の死 (Liebestod)』は、愛するトリスタン (Tristan) の遺骸のもとでイゾルデ (Isolde) に歌われるが、そこには本来ならば彼女と結ばれるはずのマルケ王 (Marke) もたちあっているのだ。
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