2015.04.07.09.51

つちぐも

土蜘蛛 (Tsuchigumo) と呼ばれるモノは、少なくとも3種類がある。それぞれが密接に関連しているのか、それとも単なる偶然によるモノなのか。その辺りを考えてみたい。

蜘蛛 (Spider) と謂う文字が充てがわれている様に、節足動物 (Arthropod) にその名を冠するモノがある。正確に綴れば、節足動物門 (Arthropod) 鋏角亜門 (Chelicerata) 蜘蛛綱 (Arachnid) 蜘蛛目 (Araneae) の群のひとつに大土蜘蛛科 (Theraphosoidea) がある。俗に謂うタランチュラ (Tarantula) と呼ばれている種族の事だ。所謂蜘蛛の巣 (Spider Web) は作らない。
この大土蜘蛛科 (Theraphosoidea) の習性に因んで、この後に登場するモノ達の名称が土蜘蛛 (Tsuchigumo) と呼ばれる様になったのかと問えば、実はその逆だ。大土蜘蛛科 (Theraphosoidea) は日本 (Japan) が原産ではない。彼らの佇まいや習性が、あたかも、この後に登場する土蜘蛛 (Tsuchigumo) である様な印象を与えるが為に、彼らの和名として土蜘蛛 (Tsuchigumo) と謂う言葉が充てられたのにすぎない。
つまり、日本人 (Japaese) の視点からみれば、土蜘蛛 (Tsuchigumo) を名乗るモノ達の中で、一番最後に顕れたのが大土蜘蛛科 (Theraphosoidea) なのである。

では、上の文章に登場する「この後に登場するモノ達」とは何か。むしろ、そちらの方が本題なのである。

ひとつは、平安時代中期 (Heian Period) の武将源頼光 (Minamoto no Yorimitsu) の逸話に登場する。生物としての蜘蛛 (Spider) のかたちを成した妖怪変異である。
文献としては『平家物語 (The Tale Of The Heike)』 [作者不詳 (Anonymous) 鎌倉時代 (Kamakura Period) に成立] の『剣之巻 (The Book Of The Swords)』と『土蜘蛛草紙絵巻 (Tsuchigumo No Soshi Emaki)』 [作者不詳 (Anonymous) 鎌倉時代 (Kamakura Period) に成立] があり、それに基づいて、 (Noh) の演目のひとつとして『土蜘蛛 (Tsuchigumo [Ground Spider])』 [作者不詳 (Anonymous) 室町時代末期 (The Last Years Of Muromachi Period) に成立] がある。

上に『平家物語 (The Tale Of The Heike)』と『土蜘蛛草紙絵巻 (Tsuchigumo No Soshi Emaki)』と列挙したが、それぞれの逸話の登場人物こそ共通のモノだけれども、物語の結構は微妙に異なる。
前者が源頼光 (Minamoto no Yorimitsu) の疾病から物語が語られ始め彼の病床に怪異が登場しているのに対し、後者は源頼光 (Minamoto no Yorimitsu) が洛北 (The Northern Part of Kyoto) で遭遇した怪奇現象が発端となっている。
そんな異なる発端を引き継いでそれぞれの物語は、全編が全編、似て非なる物語が累々と語られてゆくのだ。
最終的には、源頼光 (Minamoto no Yorimitsu) の英雄譚となるのだから結末はほぼ同様と断言しても良い様な気もするが、後者には前者に登場する名刀のその名の由来は一切語られていない。土蜘蛛 (Tsuchigumo) を討った太刀膝丸 (Hizamaru Sword) は以来、蜘蛛切丸 (Kumokiri Sword) と呼ばれるのだ。むしろ、この点をもって、前者の物語は名刀の故事来歴譚 / 由来譚とでも呼ぶべきモノなのかもしれない。
それを踏まえてみれば、故事来歴譚 / 由来譚がごっそりと抜け落ちた後者は、英雄 (Hiro) と大蜘蛛 (Giant Spider) の大殺陣と謂う構造をそのまま借りた娯楽巨編と呼んでしまってもいいのかもしれない。

ぼくには、このふたつの文献に登場するふたつの物語が、登場人物達が共通する全く異なるモノなのか、それとも、前者の逸話を発展させたその先が後者なのかは、判断できない。この拙稿冒頭で「少なくとも3種類」と謂う気弱な数え方をしたのは、そおゆう理由だ。

だけれども、それぞれの文献で語られる物語の細部は異なるモノであるから、土蜘蛛 (Tsuchigumo) と銘せられた文献や図版が一体、どちらの物語によったモノなのか、解らない訳ではない。
(Noh) の演目である『土蜘蛛 (Tsuchigumo [Ground Spider])』は、前者の譚によったのではなくて、後者の譚によったモノとすぐに解るし、鳥山石燕 (Toriyama Sekien) 筆画の『今昔画図続百鬼 (The Illustrated One Hundred Demons From The Present And The Past)』 [1779年刊行] に登場する『土蜘蛛 (Tsuchigumo)』も、後者の物語の図解に他ならないと立ち所に解る。

images
そおゆう意味では、歌川国芳 (Utagawa Kuniyoshi) の『源頼光公館土蜘作妖怪図 (Earth Spider Conjuring Up Demons To Torment Minamoto Raiko)』 [1843年作] は、前者によったモノである。それは、画面右に、病を得て床に伏している源頼光 (Minamoto no Yorimitsu) がいるからである。

さて、この『源頼光公館土蜘作妖怪図 (Earth Spider Conjuring Up Demons To Torment Minamoto Raiko)』は英雄譚の浮世絵 (Ukiyo-E) 化としてみるだけでは解釈が足りない。平安時代中期 (Heian Period) の武将とされているのは実は、当代の将軍 (Shogun) 徳川家慶 (Tokugawa Ieyoshi) であり、彼の病床に集っているのは老中 (Roju) 水野忠邦 (Mizuno Tadakuni) を始めとする当代の為政者達の事なのである。歴史の教科書的に謂えばこの作品が描かれた1843年は天保の改革 (Tenpo Reforms) [18301843年] の時代、その時代の為政者達を当てこすった作品なのである。
では、源頼光 (Minamoto no Yorimitsu) ならぬ徳川家慶 (Tokugawa Ieyoshi) を苦しめている土蜘蛛 (Tsuchigumo) とは何かと謂うと、改革によって苦しめられ弾圧されている庶民達に他ならない。質素倹約 (Simplicity And Frugality) 風紀粛正 (Tightening Public Morals)、そのかけ声は勇ましいし一聴、正しいモノの様にも響くが、その結果、庶民の生活の潤いや勢いも削がれてしまう。役者絵 (Yakusha-E) も美人画 (Bijin-Ga) も禁ぜられ、この作品の絵師歌川国芳 (Utagawa Kuniyoshi) も天保の改革 (Tenpo Reforms) の被害者のひとりでしかないし、もしかすると、すがたかたちを変えて、土蜘蛛 (Tsuchigumo) 率いる化身の筆頭にもなりかねない。
この作品自体の功なのか否なのか、それとも、この作品が揶揄している様な抗があったのか否なのか、作品が発表されたその1843年、老中 (Roju) 水野忠邦 (Mizuno Tadakuni) は失脚し、天保の改革 (Tenpo Reforms) も頓挫するのだ。

つまり、土蜘蛛 (Tsuchigumo) とは単なる英雄 (Hiro) に対峙する妖怪変異であるだけではなくて、声なき声、モノ言わぬモノ達が、かたちを変えてこの世に仇なすモノの謂いでもあるのだ。

そして、それを何故、土蜘蛛 (Tsuchigumo) と呼ぶのかは、土蜘蛛 (Tsuchigumo) と謂う言葉が本来指し示すモノが、大和朝廷 (Yamato Court) に恭順しなかったモノどもを指し示す言葉だからだ。『古事記 (Kojiki)』 [太安万侶 (O no Yasumaro) 編 712年完成] や『日本書紀 (Nihon Shoki)』 [舎人親王 (Prince Toneri) 編 720年完成] 等に登場する。
これが「少なくとも3種類」の土蜘蛛 (Tsuchigumo) の3種類目、しかもこれが原義だ。

だから『平家物語 (The Tale Of The Heike)』で語られる源頼光 (Minamoto no Yorimitsu) の逸話に登場する太刀が、膝丸 (Hizamaru Sword) 改め蜘蛛切丸 (Kumokiri Sword) となったのは、妖怪変異である土蜘蛛 (Tsuchigumo) を退治したからではない。『古事記 (Kojiki)』や『日本書紀 (Nihon Shoki)』等に登場する意味での土蜘蛛 (Tsuchigumo) を征討したからこその、命銘なのである。
つまり、源頼光 (Minamoto no Yorimitsu) のもうひとつの怪異譚、大江山 (Mt. Oe) の酒呑童子 (Shuten-Doji) の討伐に対するモノと同様の視線をもって、読む必要があるのだ [こちらを参照の事]。

次回は「」。

附記:
古事記 (Kojiki)』や『日本書紀 (Nihon Shoki)』等に登場する土蜘蛛 (Tsuchigumo) は、その語感の気味悪さをもって、マンガ『妖怪ハンター (Youkai Hunter)』[作:諸星大二郎 (Daijiro Morohoshi) 1974週刊少年ジャンプ連載] に登場する蛭子 (HIruko) をふと連想してしまう。後に塚本晋也 (Shinya Tsukamoto) 監督によって映画化された『ヒルコ / 妖怪ハンター (Hiruko The Goblin)』[1991年制作] に登場する蛭子 (Hiruko) ではない。あくまでも原作に登場する方だ。
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