2015.03.13.10.56

Join Together

うまれたときはべつべつでも、しぬときだけはともにありたい。
そんななまぬるいことばによいしれるやつは、あそこでおきていることをここでみてみればいい。

門をたたく。とびらがひらかれてなかへとまねきいれられる。そこであうひとりひとりに握手をもとめられ歓待されて、署名をもとめられる。なぁに、するもしないも自由だ。たんなる儀式だ。かれらを否定さえしなければいい。わたされるものをうけとるだけでいい。
ただ、それがのべつまくなしでくりかえされるだけだ。

ただし、そうやってみなの歓迎をうけいれているうちに、おのれの目的をわすれてしまう。一体、なんのために門をたたいたのかを。ただ、あゆむべき道筋はしっかりとしめされているから、すくなくとも、手続きだけは無事におわる。奥の院の入口で、それは可能だ。

そしてそこでも署名をもとめられて、かずかぎりないえたいのしれないものをわたされる。すべきことはそれまでと一緒。相対するものの発言をすべて肯定していればいい。

そうすればはれてそのものはそこの住人だ。おそらくどこかのあいている場所、ふさわしい場所をあてがわれてそこでくらすのだろう。それはこれまでしてきたいくつもの署名の数によってきまるようだ。

もし万一、一切の署名を拒否してもそこでくらすことは不可能ではない。門をたたいた時点でその意志ありとみなされているのだから。その時点で、かれらの仲間とみなされているのだから。

署名の数がどう影響しているのかまでは、おれにはわからない。おれはかれらの仲間ではないのだから。ただ、ここであそこをみているだけだから。
なかにはたったひとつの署名だけで奥の院にむかえられるものもいるかもしれないし、その逆にありとあらゆる場所に署名しても、一切かえりみられないものもいるのかもしれない。

ただ、わかっているのはあそこからでていくものに対しては、みぐるみ一切をはいで、うしろからいしをなげつけるというだけだ。
にげてもむだだ。どこまでもどこまでもおいかけて、そのものがしぬまでいしをなげつける。

屍体はひきずってもちかえる。
だから、かれらについてわるいうわさがたつことはない。
われわれの前にあるのは、おおきな門だけなのだ。

[the text inspired from the song "Join Together" from the album "Meaty Beaty Big And Bouncy" by The Who]


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