2015.02.24.12.01

どんどらきゅら

手塚治虫 (Tezuka Osamu) のマンガ『ドン・ドラキュラ (Don Dracula)』 [1979週刊少年チャンピオン掲載] のタイトル・ロール (Title Role) であるドラキュラ伯爵 (Earl Dracula) は作家のスター・システム (Tezuka Osamu's Star System) により、マンガ『ブラック・ジャック (Black Jack)』 [19731978週刊少年チャンピオン掲載] の1挿話である第237話『B・Jそっくり (Just Like Black Jack)』 [週刊少年チャンピオン 19821月1日号掲載] に医師黒松 (Dr. Kuromatsu) として登場している。
それぞれの作品の連載日時を比べれば解ると思うが、マンガ『ドン・ドラキュラ (Don Dracula)』 [1979週刊少年チャンピオン掲載] の連載時に、特別篇として掲載されたのが第237話『B・Jそっくり (Just Like Black Jack)』 [週刊少年チャンピオン 19821月1日号掲載] なのだろう。

特別篇として掲載された作品に、その雑誌に通常連載されている作品の主要人物が客演している。ちょっとした入れ子構造 (Mise-en-abyme) だ。しかも、通常連載作品はホラー作品 (Horror) をパロディ (Parody) にしたどたばたコメディ (Slapstick Comedy) であるのに対して、特別編はシリアスな医療マンガ、客演している主要人物も通常作品とは懸け離れたシリアスな演技をしている。
作家のスター・システム (Tezuka Osamu's Star System) の本領が遺憾なく発揮された作品と謂えるだろう。

その挿話のなかで、ブラック・ジャック (Black Jack) による次の様な台詞がある。
「俺ってやつは憎たらしいもんだなァ」

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つまり形外的な視点からみれば、ブラック・ジャック (Black Jack) の医療行為 (Medicine) とドラキュラ伯爵 (Earl Dracula) が演じる医師黒松 (Dr. Kuromatsu) の医療行為 (Medicine) は全く同じモノにみえると謂う意味であり、その視点をブラック・ジャック (Black Jack) にもたらしたのが、ドラキュラ伯爵 (Earl Dracula) が演じる医師黒松 (Dr. Kuromatsu) なのである。
おまえのやっている事は所詮はこの程度の事なんだよ、と。
それが挿話の題名に顕れた第237話『B・Jそっくり (Just Like Black Jack)』と謂うことばの意味であり、物語はブラック・ジャック (Black Jack) 自身が如何にその汚名をそそぐのか、ドラキュラ伯爵 (Earl Dracula) 演じる医師黒松 (Dr. Kuromatsu) との差異を如何に表出させるのか、と謂う観点で綴られてゆく。

だけれども、今更ながらに、しかも作者手塚治虫 (Tezuka Osamu) 自身によって、ブラック・ジャック (Black Jack) とドラキュラ伯爵 (Earl Dracula) の差異を語られてもなぁ、と謂うのが、ぼくの正直な気持ちだ。

この両者、位相幾何学 (Topology) 的には、全く同一の存在であるのだ。

いや、位相幾何学 (Topology) 的と謂うのは、くちからのでまかせにすぎないのだが。

両者ともに黒づくめ (Man In Black) の扮装である事。
ブラック・ジャック (Black Jack) にはピノコ (Pinoko)、ドラキュラ伯爵 (Earl Dracula) にはチョコラ (Chocola)、外形的には幼女にみえる相方がいる事。
後者が己の犠牲者から生き血をすする吸血鬼 (Vampire) であるのに対し、前者は己の患者に対して時には輸血 (Blood Transfusion) をする事。

前者の連載終了を受けて、おなじ掲載誌で連載が始まった後者、と謂う点を鑑みると、どうも、前者の設定をひっくり返したり、畳んだり延ばしたりして出来上がったのが後者ではないか、と考える事が出来る。
前者がシリアスな医療マンガであったのに対して、後者が徹底的にホラー作品 (Horror) の設定をそのままどたばたコメディ (Slapstick Comedy) に転化した事を考えると、決してありえない事ではないと思う。

但し、ブラック・ジャック (Black Jack) に対するピノコ (Pinoko)、ドラキュラ伯爵 (Earl Dracula) に対するチョコラ (Chocola) と謂う、年齢差のある男女の組み合わせと謂う事を考えてみると、手塚治虫 (Tezuka Osamu) 作品にはまだまだ、前例がいくつもありそうだ。

マンガ『どろろ (Dororo)』 [19671968週刊少年サンデー掲載] における百鬼丸 (Hyakkimaru) とどろろ (Dororo) の関係もそうだ [この作品の主人公達の設定は、実はマンガ『ブラック・ジャック (Black Jack)』 [19731978週刊少年チャンピオン掲載] におおきな影響を与えているのかもしれない]。
体躯的な点だけに注目すればマンガ『魔神ガロン (Majin Gallion)』 [19591962冒険王掲載] のガロン (Gallion) とピック (Pick) もそうなのかもしれない。
性差をひっくりかえしてよければマンガ『リボンの騎士 (Princess Knight)』 [19531956少女クラブ掲載] のサファイア (Princess Sapphire) とチンク (Tink) もそうかもしれないし、さらに年齢差を精神的なそれと考える事が許されれば、マンガ『三つ目がとおる (The Three-eyed One Comes Here)』 [19741978週刊少年マガジン掲載] の和登千代子 (Wato Chiyoko) と写楽保介 (Sharaku) もそうなのかもしれない。

と、挙げていけばキリがないが、そうすると、次第に焦点がぼやけてしまうのも否定できない。
単純にマンガ作品の主要登場人物達が、なんらかの都合で1対1のコンビとなって、しかもそれが男女である。それだけの話になってしまう。
それをああだこうだ謂ってしまうのはつまらない。ふたりの人物の組み合わせ、身体上での性差だけを考慮すればそれは僅か3通りしかない。
肝心なのは、そんな男女コンビが登場して、一体、どんな物語が編まれてゆくのか、と謂う問題だ。

勿論、そこには両者のなかに恋愛感情や擬似恋愛感情の様なモノが生成されるだろうし、中にはマンガ『W3 [ワンダースリー] (Amazing Three [W3])』 [1965週刊少年マガジン掲載] のボッコ (Bokko) から星真一 (Hoshi Shinichi) へのそれの様な、種族を超えて、しかも禁じられたモノもあるだろう。
ブラック・ジャック (Black Jack) に対するピノコ (Pinoko)、ドラキュラ伯爵 (Earl Dracula) に対するチョコラ (Chocola) に関しても、同じ様なモノを指摘する事は決して不可能ではない。

前者はともかく、後者は親子ぢゃあないか、と謂う指摘に対しては、親子の愛情と謂うのは歪んだ恋愛感情ではないだろうか、と問題提起しておいて、ここで終わりだ。

次回は「」。

附記:
ドラキュラ伯爵 (Earl Dracula) に不可解な点がひとつある。
表題にあるドン (Don) とは一体なんなのだろうか、と。
ドン・ヴィトー・コルレオーネ (Don Vito Corleone) [演:マーロン・ブランド (Marlon Brando) 映画『ゴッドファーザー (The Godfather)』[フランシス・フォード・コッポラ (Francis F. Coppola) 監督作品 1972年制作] やドン・ガバチョ (Don Gabacho) [演:藤村有弘 (Arihiro Fujimura) 人形劇『ひょっこりひょうたん島 (Hyokkori Hyoutan Jima)』 [作:井上ひさし (Hisashi Inoue)、山元護久 (Morihisa Yamamoto) 19641969NHKにて放送] を例にひくまでもなく、ドン (Don) と謂うのは通常、ラテン語圏 (Lingua Latina) での尊称だ。だけれども、ドラキュラ家 (Draculas) はルーマニア (Romania) はトランシルヴァニア (Transylvania) に出自があって、前々世紀の世紀末 (Fin de siecle) にロンドン (London) へ渡った事は知られているが、そこにラテン語圏 (Lingua Latina) との関係性を見出すことは困難だ。
彼のイメージの源泉となった、串刺し公ヴラド3世 (Vlad III, Vlad Tepes) も神聖ローマ帝国 (Sacrum Romanum Imperium) に叙勲された騎士 (Ritter) であり、敢えて謂えば、1474年にカトリック教会 (Ecclesia Catholica) に改宗した際 [それまでは正教会 (Orthodox Church) に帰依] に、バチカン (Vatican) つまりラテン語圏 (Lingua Latina) との関係が出来たのかもしれない。
そして、その経緯をそのまま引きずって、手塚治虫 (Tezuka Osamu) のキャラクターにはドン (Don) と謂う尊称が引き継がれた、と考えるべきなのだろうか。
それとも表題にあるドン (Don) はそんな尊称ではなくて、ドナルド (Donald) の略称なのだろうか。
ドナルド・ドラキュラ (Donald Dracula)。
それが彼の本名なのか。
ディズニー (Disney) のキャラクターにドラキュラ・ダックことドナキュラ (Dracula Duck) が存在する一方で、手塚治虫 (Tezuka Osamu) の公式サイト (Official Site) では、彼の本名をヴィオエヴォーデ・ヴラッド・フォン・ドラキュラ伯爵 (Voivode Vlad von Dracula) としてあるのだが [ちなみに伯爵 (Earl) がそうである様に、ヴィオエヴォーデ (Voivode) も尊称だ]。
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