2015.02.17.11.33

どんとれいんおんまいぱれーど

楽曲『パレードに雨を降らせないで (Don't Rain On My Parade)』 [作詞:ボブ・メリル (Bob Merrill) 作曲:ジューリー・スタイン (Jule Styne) 1964年発表] は、ミュージカル『ファニー・ガール (Funny Girl)』[脚本:イソベル・レナート (Isobel Lennart) 1964年初演] の挿入曲で、その映画化作品『ファニー・ガール (Funny Girl)』[監督:ウィリアム・ワイラー (William Wyler) 1968年制作] の中にも登場する。
作品の中では、主人公ファニー・ブライス (Fanny Brice) が自身の全てを投げ打って、恋人であるニック・アーンスティン (Nick Arnstein) の元にひたはしるその感情を訴える楽曲であって、映画版の中では実際にその追跡行の描写と共に登場する。
舞台版と映画版それぞれで主役のファニー・ブライス (Fanny Brice) を演じたバーブラ・ストライサンド (Barbra Streisand) の代表曲ともなり、彼女自身の歌唱は彼女の音楽作品の幾つかに収録されて発表されている。
それ故に、『ファニー・ガール (Funny Girl)』[脚本:イソベル・レナート (Isobel Lennart) 1964年初演] と謂う作品、バーブラ・ストライサンド (Barbra Streisand) の楽曲、そのそれぞれを離れたところで、半ばスタンダード化されて、幾つかのアーティスト〜ヴォーカリストにカヴァーされている。

ぼくがこの楽曲を知ったのは、そのカヴァー・ヴァージョンのひとつ、ジャパン (Japan) のファースト・アルバム『果てしなき反抗 (Adolescent Sex)』[1978年発表] に収録された演奏『パレードに雨を降らせないで (Don't Rain On My Parade)』なのである。

ジャパン (Japan) は、1978年から1982年の4年間の活動期間中、幾つかのカヴァー・ナンバーを発表しているけれども、その選曲はちょっと意外なモノだ。彼らのパブリック・イメージだけの印象からは、何故、この楽曲を選んだのかは理解しがたいモノがある。

オール・トゥモロウズ・パーティズ (All Tomorrow's Parties)』 [ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド (The Velvet Underground) のカヴァー アルバム『クワイエット・ライフ (Quiet Life)』[1979年発表] に収録] と『アイ・セカンド・ザット・エモーション (I Second That Emotion)』 [スモーキーロビンソンとミラクルズ (Smokey Robinson And The Miracles) のカヴァー 1980年にシングルとして発表 アルバム『ザ・ヴェリー・ベスト・オヴ・ジャパン (The Very Best Of Japan)』[2006年発表] に収録] と『エイント・ザット・ペキュリアー (Ain't That Peculiar)』 [スモーキーロビンソンとミラクルズ (Smokey Robinson And The Miracles) のカヴァー アルバム『孤独な影 (Gentlemen Take Polaroids)』 [1980年発表] に収録]、そして今回の表題である『パレードに雨を降らせないで (Don't Rain On My Parade)』。実は他にもあるのかもしれないが、ざくっと確認できるのは以上の4曲だ。

スモーキーロビンソンとミラクルズ (Smokey Robinson And The Miracles) のカヴァーが2曲あるのは、彼らの出自が実はブラック・ミュージック (Black Music) にある故だし、ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド (The Velvet Underground) のカヴァーも、ヴァージン・レコード (Virgin Records) 移籍以降、後期 [1979年〜1982年] の彼らの音楽性を考えれば、分からなくもない。

と、冷静に考えれば至極、納得がいく選曲になってしまうのだけれども、みてくれのお化粧バンド (Visual Band) と謂う認識にひきずられると、その解にはなかなか辿り着けないのだ。

お化粧バンド (Visual Band) と大雑把に蔑称をあげつらってみたものの、デヴュー当時はふたまわり以上遅れてやってきたグラム・ロック (Glam Rock) の様な出で立ちだし、音楽性が変化した後期は後期で、早すぎたニュー・ロマンティックス (New Romanticism) だ。
時系列をもう少し詳しくみてみると、遅れてやってきたグラム・ロック (Glam Rock) と評されたクイーン (Queen) のデヴューが1973年、ジャパン (Japan) がデヴューした1978年には第7作のアルバム『ジャズ (Jazz)』を発表した頃で、最早、誰もクイーン (Queen) をそんな蔑称で呼べる様なポジションには彼らはいない。
一方、ニュー・ロマンティックス (New Romanticism) と呼ばれた一群の登場が1980年、その中ではつい先頃物故したスティーヴ・ストレンジ (Steve Strange) 率いるヴィサージ (Visage) もあれば、後から冷静に考えればゲイリー・グリッター (Gary Glitter) の完コピまがいのアダム・アンド・ジ・アンツ (Adam And The Ants) もいれば、デュラン・デュラン (Duran Duran) もスパンダー・バレエ (Spandau Ballet) もクラシックス・ヌヴォー (Classix Nouveaux) も<以下略>。その1980年にはジャパン (Japan) 自体は、アルバム『クワイエット・ライフ (Quiet Life)』を発表した頃なのである。
だからと謂って、ジャパン (Japan) がそんなシーンを牽引した訳でもおおきな影響を与えた訳でもない。彼らの人気と評価はここ、日本(Japan) に限られての事だったのから。

いずれにしろ、グラム・ロック (Glam Rock) もニュー・ロマンティックス (New Romanticism) も、音楽的な部分での評価ではなくて、純粋にヴィジュアル面だけの評価なのだから、そこに属すと看做されたバンド群を眺めても、音楽的にはなんらの共通性は見いだせる訳ではない。

ただ、ジャパン (Japan) と謂うバンドは、みてくれだけの共通項でそこに総括出来そうな"ジャンル (Genre)"に放り込もうとしても、何故だか、どこかにそんな彼らとは別のポジションにいる様に思えてしまう。
それは、彼らがどちらの"ムーヴメント (Movement)"とも異なる時季に活動していた故でもあるし、ある時期に音楽性を全く異なるモノに変えてしまった事にもある。

その音楽性の変化は例えば極論だけれども、今ここに紹介した彼らのカヴァー・ナンバーだけで、表現する事も出来なくはない。
つまり、スモーキーロビンソンとミラクルズ (Smokey Robinson And The Miracles) からザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド (The Velvet Underground) へ。

images
そうやって考えると、『パレードに雨を降らせないで (Don't Rain On My Parade)』はあまりに異質だ。しかも、この記事を書くにあたって初めて気づいたのだけれども、この曲は彼らのデヴュー曲でもあるのだ [本邦でのデヴュー曲は『果てしなき反抗 (Adolescent Sex)』:掲載画像はこちらから]。

当時、ディーボ (Devo) による『サティスファクション ( [I Can't Get No] Satisfaction)』 [ザ・ローリング・ストーンズ (The Rolling Stones) のカヴァー アルバム『頽廃的美学論 (Q:Are We Not Men? A:We Are DEVO!)』 [1978年発表] に収録] やフライング・リザーズ (The Flying Lizards) による『マネー (Money [That's What I Want])』 [バレット・ストロング (Barrett Strong) のカヴァー アルバム『ミュージック・ファクトリー (The Flying Lizards)』[1980年発表] に収録] やタコ (Taco) による『踊るリッツの夜 (Puttin' On The Ritz)』 [映画『踊るリッツの夜 (Puttin' On The Ritz)』 [監督:エドワード・スローマン (Edward Sloman) 1930年年制作] の主題歌のカヴァー アルバム『アフター・エイト (After Eight)』[1982年発表] に収録] といった、思わぬアーティストによる思わぬ楽曲を、思いもよらないアレンジで演奏する、と謂う風潮はあったにしても、ジャパン (Japan) のこのカヴァー『パレードに雨を降らせないで (Don't Rain On My Parade)』もそれと同趣旨と看做してもいいのだろうか。

個人的には、シーンの動きとは全く異なるところから活動を始めた彼らの、不器用ながらも、バンド自身のマニフェスト (Manifesto) と謂えるんぢゃあないのかなぁ、と思っていたりもする。

ぼく達のパレードの邪魔だけはしないで (Don't Rain On My Parade)、と。

次回も「」。

附記:
高校の卒業文集の寄せ書きのなかに、この言葉をみつけてぼくは驚いたのだった。あの娘、ジャパン (Japan) とか聴いてたのかなぁ、と。
あとで解った事だけど、出席番号順に掲載されているべきだった寄せ書きの一文は、そのクラスの女子達の思惑によって、シャッフルされていたのだ。つまりは、別の同級女子生徒が選んだ一文が、彼女の名前と共に掲載されていたのである。
だからM君、きみが後生大事に憶えているその言葉は、きみの大好きだったあの娘のモノではないんだよ。
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