2015.01.27.10.16

くるしいときのかみだのみ

前回のタイトルが『ちーぷとりっく』だから、語頭が「く」の語句を掲げてさもありなんな記事をでっち上げれば良いモノの、なかなか相応しい語句が思いつかない。

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クックロビン音頭 (Cock Robin Ondo)』 [作詞:田中のぶ (Nobu Tanaka) 作曲:宮庄順子 (Junko Miyashou)・青木望 (Nozomi Aoki) 歌唱:スラップスティック白石冬美 (Slapstick and Fuyumi Shiraishi)] と謂う、ネタ的にはとっても美味しいけれども、手のつけようもなくて往生しているモノならある [掲載画像はこちらから]。

と、いうのは、だ。
きちんと書くとなるとそのネタが掲載されたマンガ『パタリロ! (Patalliro!)』 [魔夜峰央 (Maya Mineo) 1978年連載開始 花とゆめ掲載] を起点に少女マンガ [Comics For Girls] の歴史を右往左往しなければならない。もしくはそのマンガの作者である魔夜峰央 (Maya Mineo) の出自を探ってOrochi)』[作:楳図かずお (Kazuo Umezu) からオーブリー・ビアズリー (Aubrey Beardsley) までもはらほろひれはれする必要もあるかもしれない。
とってもではないが、いま、ここで書くのは無理と謂うモノだ。
しかも、この1週間、間合いの悪さでてんで事態が進展しない事ばかりで、やる気もまったく起こらない。ただ只管、忙しいばかりであればその速度に乗っかってなんでもかんでも処理できてしまうモノも、全然、手につかないのだ。
軽度の鬱期 (Melancholie) なのかもしれない。
それでも、火曜日 (Tuesday) はやってきてしまうので、えいやとばかりに『苦しい時の神頼み (Danger Past, God Forgotten)』と謂うことばをいまさっき、引っ張り出した。
文字通り (Literally) とは、まさにこの事なのである。

『苦しい時の神頼み (Danger Past, God Forgotten)』とは、困難な出来事に遭遇してはじめて神に救いを求める、その身勝手さを指摘する趣旨の慣用句である。
多くの場合、そんな振る舞いをするのは信仰心の薄いヒトビト、つまりは現金な (Calculating) ヒト達であって、そんなヒトビトこそ最後の最後になって依存するのは、神 (God) や仏 (Budda) もしくは小切手 (Cheque) や手形 (Bill) さもなければ信用 (On Credit) と謂う得体のしれないモノである、と謂う皮肉めいた謂い回しでもある。

だけれども、この語句の視点をちょっと変えれば『人事を尽くして天命を待つ (Learn To Labor And To Wait.)』と謂う慣用句に転換出来るから不思議だ。
逼迫している事態に関して、可能な限り、ありとあらゆる手段は総て手配は尽くしたから、あとは神 (God) が下した裁量を待つだけ、結果が出てくる事だけを待てば良い、と謂う様な意味だ。

『苦しい時の神頼み (Danger Past, God Forgotten)』と『人事を尽くして天命を待つ (Learn To Labor And To Wait.)』とでは、当事者の内心が違うだけで外形上は全くおんなじなのだ、と謂う事も出来るのではないだろうか。

と、謂う様な論法をつかってしまうと、ある種のヒトビトから膨大な苦情を寄せられる事になる。
だから、次の様に言い直そう。

あるひとつの行為を指して、『苦しい時の神頼み (Danger Past, God Forgotten)』と批判するヒトビトもいれば、『人事を尽くして天命を待つ (Learn To Labor And To Wait.)』と看做して是とするヒトもいる、と。

それは難解な入試問題を目の前にして、白紙のまま提出するのと、解る解らないに関わらず解答欄を総て埋めてしまうのと、どちらを評価すべきか、と謂う様なモノではないか、とぼくは考える。
そしてどちらを指して、『苦しい時の神頼み (Danger Past, God Forgotten)』と謂うべきなのか、もしくは、『人事を尽くして天命を待つ (Learn To Labor And To Wait.)』と謂うべきなのか、とも。

ところで、ここまでの文章で『苦しい時の神頼み (Danger Past, God Forgotten)』としらばっくれて、日英のことばを併記してきたけれども、厳密に両者を比べると、似て非なるモノだ。
日本語 (japanese) でのそれが現在形で語られているのに対し、英語 (English) でのそれは、直訳すれば"危難が去れば神も忘れられる"と、過去の出来事として語られている。
日英の諺や慣用句を比較すると往々にして出逢う、微妙な差異のひとつではあるけれども、やっぱりこれは常日頃の宗教観やその源である生活環境の違いがもたらしたモノなのだろうなぁ、と思う。

だから、イスラム教圏 (Islamic Area) の中では、『苦しい時の神頼み (Danger Past, God Forgotten)』に対応するべき慣用句はあるのだろうか、そして、あるのならば、どんな謂い回しになるんだろうか。
そんな事を考えているのです [だからといって調べようとする気配は未だにない]。

次回は「」。
みもふたもない」は既に書いた。
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