2015.01.20.10.34

ちーぷとりっく

チープ・トリック (CheapTrick) は4人組のロックンロール・バンド (Rock 'N' Roll Band) でメンバーは、ロビン・ザンダー (Robin Zander)、リック・ニールセン (Rick Nielsen)、トム・ピーターソン (Tom Petersson)、バン・E・カルロス (Bun E. Carlos)。
一時、ベーシスト (Bassisit) であるトム・ピーターソン (Tom Petersson) が不在の時代もあったが、その当時はぼくは彼らの作品に向き合っていないから、とどのつまりは、上に挙げた4人がチープ・トリック (CheapTrick) そのものなのである。
そおゆう意味では、身体的な理由で2010年以降、ドラマー (Drummer) であるバン・E・カルロス (Bun E. Carlos) はツアーには不参加らしいけど、ぼく自身が彼らのライヴに出向く事も、まずあり得ないからツアー・メンバーである [?] ダックス・ニールセン (Daxx Nielsen) についても触れなくてもいいだろう。

チープ・トリック (CheapTrick) と謂うバンドを語る場合、上に挙げたメンバー4人の [特にヴィジュアル面での] キャラ立ちから語り起こすのが順当な方程式だと思われるが、その辺りは、彼らのポートレイトやアルバム・ジャケットを丹念に観てね、でいいと思う。

2の線がふたり、3の線がふたりいて、前者であるふたりのうち、金髪 (Blond) がヴォーカリスト (Vocalist) であるロビン・ザンダー (Robin Zander) で、黒髪 (Brunet) が途中一時脱退していた事もあるベーシスト (Bassist) であるトム・ピーターソン (Tom Petersson)、後者であるふたりのうち、細い方がギタリスト (Guitarist) であるリック・ニールセン (Rick Nielsen) で、太い方が現在のツアーには同行しないドラマー (Drummer) バン・E・カルロス (Bun E. Carlos) だ。

完全なキャラクター・ビジネスと化しているキッス (Kiss) の4人よりも覚えにくいかもしれないが、所謂美形キャラ4人が揃ったデヴュー当時のクイーン (Queen) よりは、遥かに単純だ。

そして、今挙げたふたつのバンドのいずれもが、少なからぬ日本の音楽ビジネスとの強い結びつきがある様に、チープ・トリック (CheapTrick) の成功もまた、日本でのそれを無視できないモノであるのだ。

所謂ビッグ・イン・ジャパン (Big In Japan) 、日本のマーケットを意識して、結果、日本のマーケットで成功し、それを持って本国でのビジネス的な成功への足掛かりにする、その典型的な1例がチープ・トリック (CheapTrick) なのである。

猶、キッス (Kiss) 4人のメイクや、ベーシスト (Bassisit) であるジーン・シモンズ (Gene Simmons) のコスチュームは歌舞伎 (Kabuki) や円谷特撮 (Special Effects Of Tsuburaya ) の影響下にある事は自他共に認めるモノではあるが、彼らを必ずしもビッグ・イン・ジャパン (Big In Japan) とは断定出来ない。彼らのセカンド・アルバム『地獄のさけび (Hotter Than Hell)』[1974年発表] は、アート・ワークに日本語をちりばめたモノではあるが、それは不発だ [そもそもリアル・タイムで日本発売がされていない]。
彼らが初来日公演を遂げ、武道館 (Budokan) 公演を成功裏に終わらせた1977年は、彼らの人気が全米に轟いた後の事だ。
もしも、万一、彼らが一介の、ニュー・ヨーク (New York) のローカル・バンドのままだったとしたら、恐らく、幾つも幾つもあるビッグ・イン・ジャパン (Big In Japan) の典型的な失敗例と評価されてしまっていただろう [彼らの存在はニュー・ヨーク (New York) のアンダーグラウンド・ムーヴメント (The Underground Movement) とも隔絶したモノだから、どうなっていたかなぁ、ある意味でもうひとつのあり得た可能性は興味深いモノがある]。

だから単純に謂えば、クイーン (Queen) に次ぐビッグ・イン・ジャパン (Big In Japan) なバンドとチープ・トリック (CheapTrick) を評価出来る。しかも、クイーン (Queen) とはある意味で異なった方法論を [結果的に] 採ったと謂えるのだ。

先にデヴュー当時のクイーン (Queen) の事を美形4人と評したけれども、それまでの [そしてそれ以降もかなり永い時代続く] 洋楽のアーティストやバンドの、わが国での切り口のその殆どがそんなヴィジュアル重視の展開だったのだ。それは洋楽を聴くメインのファン層が女子中高生だった事もあるし、そんな彼女達に向けてメッセージを発し続けていた『ミュージック・ライフ (Music Life)』誌を代表とする音楽誌の方針もあっての事だ。

だけれども、チープ・トリック (CheapTrick) に関しては、渋谷陽一 (Yoichi Shibuya) と謂う音楽評論家、ただ独りに負うところが大きい。
彼が積極的に彼らを支持していたその結果、と謂うのが、彼らがビッグ・イン・ジャパン (Big In Japan) 足り得た原因だ。

勿論、旧来的な [?] 『ミュージック・ライフ (Music Life)』誌的なアプローチがなかった訳でもない。
つまり、美形キャラ2人とその引き立て役2人、と謂う様な。でも、それだけではその他の美形アーティスト群から抜け出す事が出来たかどうか。

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いずれにしろ、彼らの初来日、初の武道館 (Budokan) 公演はレコーディングされ、日本国内限定のアルバム『チープ・トリック・アット武道館 (Cheap Trick At Budokan)』[1978年発表] として発表されて、それが逆輸入と謂う形で、全米での評価を確実なモノにしたのだ。
[掲載画像はこちら、『チープ・トリック・アット武道館 (Cheap Trick At Budokan)』[1978年発表] のインナー・スリーブ [Inner Sleeve]]

今世紀には入って、『チープ・ドリーム (Cheap Dream : A Tribute To Cheap Trick)』[2000年発表] と『ドリーム・トゥナイト (Dream Tonight : A Tribute To Cheap Trick)』 [2003年発表] と謂うトリヴュート・アルバム (Tribute Album) 2作品が発売されている。チープ・トリック (CheapTrick) と謂うバンドが培った土壌と謂うモノが、確実に彼らの本国にはあるのだ。
つまりは、それは、少女達の、一時の日本的な熱狂だけでは済んでいない、と謂う証左でもある。

だからと謂って、その旗振り役であった渋谷陽一 (Yoichi Shibuya) を顕彰すればいいのか、と謂うと、それもほんの少しだけ疑問がある。
彼がこのバンドに注視したのは彼らのデヴュー・アルバム『チープ・トリック (Cheap Trick)』 [1977年発表] とプロデューサー、ジャック・ダグラス (Jack Douglas) のハードな音作りがあっての事だ。
彼らが日本のマーケットで話題を集めていた第2作『蒼ざめたハイウェイ (In Color)』[1977年制作発表] や第3作『天国の罠 (Heaven Tonight)』[1978年制作発表] でのプロデューサー、トム・ワーマン (Tom Werman) のポップな音作りに関しては疑問を投げ掛けていた記憶がある。
バンド自身としては当時、ジャック・ダグラス (Jack Douglas) よりもトム・ワーマン (Tom Werman) の方を買っていたから、彼自身の疑問もメンバー自身から否定されていた。

次回は「」。

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